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「俺が、怖い?」

頬に触れた手は、びっくりするほど冷たかった。私の肩がわずかに跳ねたのを見逃すことなく、ヒロトさんは目を細めて悲しげに笑った。その力ない笑顔がなぜか昔の私と重なって、たまらなく苦しくなった。
この人は、きっとあの時の私と一緒なんだ。一人で、不安で、寂しくて、悲しくて。甘えたいのに甘えられる人がいなかった私。甘えたいのにその方法を知らないヒロトさん。なんとなく"似てる"って思った。

「怖く、ない……」

気づけば震える声で、そう口走っていた。「怖くない」なんて嘘。ホントはすごく怖い。部室の冷たい壁に私を縫い付けたヒロトさんは、まるで知らない人みたい。でもそう言ってあげないとこの人は壊れてしまいそうで、私はとっさに嘘をついてしまった。

「嘘だ」

「怖くないです」

「嘘、うそだよ」

「ヒロトさん」

「春奈ちゃん、俺……」

とうとうポロポロ泣き出したヒロトさんをたまらず抱きしめた。私の肩に顔を埋めるようにして、声を押し殺しながら泣く姿は、私より一つ年上だけどずっと幼く見える。そう思うと、さっきまでの"怖い"という感情がすっと消えて、代わりに愛おしさみたいな、私が守ってあげなきゃといった感情が込み上げて来る。なんだろう、この気持ち。息が詰まるように胸が苦しくて私も一緒に泣いてしまいそう。
"私と似てる"なんて、おこがましい勘違いでした。この人はずっと前からたった一人で生きていたんです。暗くて深い闇を抱えながら、誰に甘えることもなくたった一人で。

「俺を、愛して……」

嗚咽混じりに吐き出されたその言葉は、私にとってこの上ない告白のセリフになった。

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