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バダップの様子がおかしい。だけどおかしいと感じているのはどうやら俺だけらしく、バダップと同じクラスの女子数人と(大変、というか限りなく不本意だが)エスカバに話しを聞いたところいつも通りだと口を揃える。
そんなはずはない。以前のバダップならぼんやりと意味もなく空を見上げたりなんかしないし、考え事をしながら歩いていて、死角から突然現れたエスカバとぶつかり、縺れ合うように転んだりしないだろう。常に気を張り詰めた状態で周りを警戒していた男が、だ。おかしいと思わないか。だけど教官から何も言われないということは、普段通りに任務をこなしているんだろう。ということは明日、明後日の任務で突然死ぬなんて無様な結果を招くことはないようだ。仮にも俺やエスカバに勝ったんだから、簡単に死んだりしたら俺が困る。俺の上に立つのなら誰よりも強くいてもらわなくちゃ。


今日もまた、バダップを見つけた。決して暖かいとは言えないこの時期に外でぼんやりしてるなんておかしいだろ。下手して任務前に風邪でもひかれたらたまったもんじゃない。「おい、バダップ!」と口を衝いて出そうになった言葉は、バダップの視線の先にあるものを視界に捉えた途端、ノドの奥で消えていった。
サッカーボールだ。ぎくりと体が硬直するのがわかった。脳裏をよぎったのは先の作戦「オペレーション・サンダーブレイク」の標的であった「円堂守」の顔。この時代に強制送還される時に見た屈託のない笑顔は、今でも鮮やかに思い出せる。バダップも今、あのボールを見て円堂を思い出しているのだろうか。そう思うともやもやした気持ちになった。

「円堂守……」

バダップの声で細く呟かれた円堂守の名前に俺は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。もやもやする。いらいらする。むかむかする。なんでこんなに気分が悪い? なんでアイツの一言でこんなにも動揺する? 俺が周りを振り回す立場にあるというのに、俺がバダップに振り回されてどうすんだ。
バダップが去った後、その場所にぽつんと置き去りにされたサッカーボールを俺は力一杯蹴飛ばしていた。今の気分は最悪、こんな寒いとこに突っ立ってたから手足は冷たくなりすぎて感覚がない。サッカーボールは大きく弧を描きながら遠くに飛んで行った。
ざまあみろ。俺は踵を返してバダップの後を追った。

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