くのをやめました

地面に打ちつけるように雨が降り注いでいる。窓はうっすらと結露した水分が張り付いていて、窓の先は見えない。それをゆっくりとなぞる彼はプラズマ団の一員だった。それこそ幹部でもなんでもない。ただプラズマ団の思想に惹かれ入ったばかりの新人だった。
そんな新人の彼に与えられた仕事は、噂でしか聞いていなかった王の恋人のお付きだという。王の恋人と言うことは未来の王妃になる人間。もし無礼な振る舞いをしてしまったら、どんな制裁を受けるやも知れない相手だ。小さく息を吐くと、彼は窓を乱暴に拭い、窓に写る自分の顔を睨みつけた。

(決してへまを踏むんじゃないぞ…。)

王妃の部屋に小さく、しかし奥にいる者に届く程度のノックをした。返事はなかった。しかしそれは事前に伝えられていた情報にあったため、気にせず扉を開く。
中にいたのはまだ成人などしていないであろう少女だった。周りには着衣の手伝いをしてたのだろう、女中だちが手際よく服を片付け出て行こうとしていた。少女はドレスに身を包み、ベッドに腰掛けている。ドレスには漆黒の生地に夜空の星の様に白が散らされていた。とてもよく似合っていたが、彼はまるで喪服のようだ、と思った。少女の顔に感情がないのだ。死人を思うあまり、涙も出ない未亡人。そんな印象にも取れた。

「今日からアナタ様のお世話をいたす者です。失礼ながら名前をお聞かせ願えますか。」

彼は敢えて自分の名前は言わないでおいた。知らせたところで、自分に目がかかる訳がないと理解していたからだ。少女は一言も発さないままだったが、紙とペンを取り出した。スラスラと綺麗な筆跡で書いてゆく。

『ホワイト』
「…ホワイト、ホワイト様ですね。」
『様付けは止めてください。』

彼は書かれた文字を見て、不思議に思いホワイトの顔を見た。心なしか悲しんでいるように見えた。しかしそのまま名で呼ぶなど、王であるNやゲーチスに罰せられると伝える。しかしホワイトは文字を書いた紙を目の前に押し付け、改めるつもりはないようだった。ホワイトはついと視線を外し、そのまま何も書いてはこなかった。仕方がないため彼は頼まれていた伝言を伝えることにした。

「N様より伝言があります。僭越ながら私が読み上げさせていただきます。“今日は君の故郷に行ってきたよ。残念ながら今回も僕達の思想は理解してもらえなかった。プラズマ団が治めるようになったからには、みんなに分かってもらわないといけない。…辛いとは思う。だけどボクはやるよ。トモダチの為だから。”以上です。如何いたしますか、ホワイト。」
「…Nは何も分かってない。」
「…?」

小さく呟かれた言葉は彼には届かず、気のせいだと結論づけた。今日の日程を伝え彼は部屋をあとにした。残されたホワイトは自分の手の平を見つめる。

(N、アナタは何度だって訪れるんだろうね。でもきっとあの人達は、チェレンやベル、みんなは屈しないよ。だって、だってアナタは。)




Nは城の最上階、最後にホワイトと戦った場所へ佇んでいた。激しい闘いで崩れ落ちた壁や天井は、まだその傷跡を残している。触れた瓦礫にあの日、世界再編の時を感じたことを想いだしていた。しかし彼が理想を描いた未来は来ることは無かった。依然として人々は反抗を続け、ホワイトの幼なじみを中心としたレジスタンスも構成されていると聞く。Nは深く悲しんでいた。何故理解してくれないのだと、何故諦めないのかと。抜けた天井を見上げ目を瞑った。すると小さく彼の背後で地面を踏みしめる音が聞こえた。

「ホワイト?抜け出して来たのかい?」

振り返った視線の先には黒のドレスを身に纏ったホワイトが、ジッとNを見つめていた。

「よくボクがここにいるって分かったね。そう、君との闘いを思い出していたんだ。不思議だな、あの時が一番心躍っていたんだ。」
「…N、今度こそ私の話を聞いて。アナタは、Nは矛盾しているよ。そんなアナタがみんなと話しても理解なんてしない。やっぱりこんな世界間違ってる。ポケモンと人は一緒にいるべきだよ!Nが一番分かってるでしょう!?」
「ふふ、どうしたのホワイト。今日は凄く元気だね。大丈夫、絶対に彼らに分かってもらうから。君がいれば、ボクは何だって出来るんだから。」

スルリと背中にNの腕が通され、絡め取られるように抱き締められた。ホワイトの言葉を打ち消すように。ホワイトの言葉を押し返すように。彼女の頬に伝う涙を不思議そうにNは拭った。その涙の意味も知らずNはホワイトの手を引いた。大事な鳥を鳥籠へ再びしまうために。


《聞くのをやめたのは、アナタ》


20111221



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