歪んだ愚者

※先生が凄く偽物臭い

あの琥珀色に仄かに熱が灯ることを私は知っていた。普段は決して前には出てこないが、身の内でくすぶらせているのだろう僅かな情欲の炎を見る度、卑しくも優越感を味わっていた。そしてその炎に戯れで油を注ぐことも。彼女が欲するものを、私は持っている。欲しいものではなかったが、愛しい婚約者へのささやかな復讐。

「ランサー。」
「はい、お側に。」

彼女の前で下僕である英霊に命令を与える。嬉々としてそれを受け取った美しい男は、恭しく右手を取り、口づけを落とした。婚約者の瞳に歪みが走る。よもや男にも嫉妬してしまうほどに魅了されているのか。憎しみを滲ませる彼女の顔は尚美しい。あの表情をさせているのは自分だと考えれば、この妬ましい美丈夫にも優しく相手をしてやれるのだ。

「ケイネス、ディルムッドは大事な戦力よ。そんな彼を小間使いみたいに扱わないでちょうだい。」
「奴が断らないのだ、構わんのだろう。君が気にすることではないよ、ソラウ。」
「彼は我慢してるのよ!!凄く真面目で清廉な人だから…!!」
「ソラウ…ならばこそ奴の言う騎士道に準じてるではないか。なら奴も本望だろう。」

キッと眉を吊り上げ更に言葉を重ねようとするソラウに、子をたしなめるように静止をかけた。分かっているよ、君は嫉妬から私を問いつめているんだと。それでもいい、君と言葉を交わせるだけで私は満足なんだ。チャームを解かせて貰えない以上、こうでもしなくては君は奴ばかり見てしまう。ソラウは怒りが収まらないのか肩を震わせている。彼女のこんな人間らしい一面が露わになったのは、皮肉にも私ではなく奴がきっかけだ。悔しい気持ちと同時に嬉しいと思う。自分の歪みに気づかないまま、私は唇に笑みを乗せていた。幸い彼女に気づかれた様子はない。ソラウは肩の震えを落ち着かせると、挨拶も無いまま部屋を出て行ってしまった。
1人残され、溜め息を吐く。慣れてしまったのだ、仕方ない。ふと気づけば脇の下に逞しい腕が通されていた。振り返る間もなく拘束される。ああまたか。

「ランサー、ソラウから充分与えられているだろう。」
「はい…。しかし、私は主から魔力を頂きたいのです。貴方の僕たるには、この身を構成する魔力も、貴方でなくてはならない。」
「分からないな。それは貴様の言う騎士道に触れるのではないか。」
「…2人きりの時にのみ、私は貴方をお慕いする男に成り下がるのです。」
「なんと都合の良い騎士様だな。滑稽だ。」
「それでも今は、構いません。」

琥珀に輝きが増す。獣の目だ。固く締め付けていた両の腕を解き、肩を掴んで向かい合わされる。一連の動きに戸惑いはない。それはこのやり取りが一度や二度ではないことを物語っている。ギラギラと早く食べたいと訴える瞳が恐ろしいほどに美しかった。律儀に返事を待っているが視線は、拒絶するなど許さないと言っている。全く度し難い男だ。これで従者とは笑わせる。

「…好きにしろ。」
「有り難き幸せ。」

長い睫をパチリと瞬きし、砂糖菓子のような甘さを含む視線が絡みつく。余りの色香に憎しみも忘れて絆されてしまいそうになる精神を何とか支えた。この男のこういった部分は、流石神話に名を馳せる美丈夫であったと認識した。誰であれこいつが本気を出して近づけば、陥落せずにはいられないのだろう。かく言う私も振り返れば崖といったところまで来ていた。恐ろしいことこの上ない。
魔力に満ちた口内を、ディルムッドの舌が味わい尽くそうと悩ましく這い回る。補食されているような感覚に視界がチカチカと点滅した。いつか本当に食べられてしまうかも知れない。その時に彼女は私を見てくれるだろうか。硝子玉のような瞳ではなく、痛ましいほど人間らしい感情を込めた瞳で。彼女のことを想い、恨めしい男の腕の中で私は期待に身を震わせたのだった。

《さあ一番の愚者は誰なのか。》


(ディル→←ケイ→ソラ)
20120702
私は先生に何をさせたいんだ。



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