彼の者の令呪とは


※R-15くらい

あれは一つの習慣に似た魔術だったのだろう。

朝私が目覚めてすぐベッドの脇に控えていたのだろう、霊体化を解いたランサーは、恭しく己との契約の証である令呪に口付けを落とす。つまり私の手の甲に接吻するのが習慣なのだ。
婚約者ソラウをきっかけにランサーの存在を快く思わなかった私にとって、毎朝行われる儀式にも似たこの行為は不愉快でしかなかった。とはいえ些末な事柄にたった三回しかない絶対命令権限を振るう訳にもいかない。暫くすればコイツも飽きる。そう納得して今まで許してきた。
しかし聖杯戦争も間近に控えた今日を迎えて尚、その行為は飽き足りないらしい。寧ろ口付ける時間が僅かながら伸びている気もする。慣らされてしまったせいか断言は出来ないが、当初はリップ音を鳴らす程度の短いものだったはずだ。

「…ランサー。毎朝毎朝殊勝なことだが、どういう理由でこんなことを繰り返している。」
「は。我が主との契約に今一度深みが増すように、契約の証である令呪に願っているのです。」

ランサーは澄んだ瞳で私を見つめた。跪いて尚凛々しいその姿に、思わず歯軋りしてしまう。私から愛しい人を掠めとろうとする下賤な者のくせに、その挙動の美しさに腹が立つ。
あからさまに不快さを露わにしながら、私はランサーを見下ろした。私の手に長々触れるな。

「そんなもの…貴様が自らの力で戦功を上げれば良いことだ。願掛けなど欠片の足しにもならん。」
「しかしながら主よ、願掛けも捨てたものではありません。契約は私の魂と主の魂が引き合い成せるもの。俄にではありますが日頃の積み重ねにより、主との魔力供給のパイプが太くなっております。この行為がお嫌いかも知れませんが、得はあれど損はありません。」
「…くだらん。もういい、好きにすれば良い。しかし手短に済ませろ。私は英霊どもと違って戦いばかりが仕事ではない。」
「御慈悲をありがとうございます。」

私のつっけんどんな返事に、奴は華やぐような笑顔を見せた。そしてまた私の令呪に口付けを落とす。主従の証を繋ぎとめようとするその姿のどれほど滑稽なことか。


しかしその習慣が魔術…いや、呪いであったのだと私は漸く理解した。

「ああ我が主よ…!!やはり貴方はここに来られた…我が願いは確かに実を結んでいたのだ…!!」
「ランサー…?」
「まだそのような…是非とも真名でお呼びください…!!貴方と私は繋がっているのですから…!!!!」

白い空間。否、それは正しい表現ではない。周りが光に満ちているため、眼が色を認識できないのだ。呪詛を吐き、相貌を悪鬼に変えて崩れ落ちたはずのランサーは、召還時と変わらない美しさのまま私の手をとった。触れた手から何故だか悪寒が走る。驚いて手を引っ込めようとするが、強く握られているためビクともしない。目の前の男は変わらず忠義とやらを示しているのに。嬉しそうに細められた眼がどこか恐ろしい。

私は衛宮切嗣の術中にはまり、ランサーを令呪をもって自害させた。その後魔術回路を失ったときと同様、無様に凶弾を喰らい、セイバーの介錯で死んだ。ならばここは死後の世界であろうか。周りに満ちた光の様子から天国なのだろう。当たり前だ。私は今まで“非のある行為”などしてこなかったのだ。
口振り的に先に着いていたのだろうランサーに問いを投げかける。来たばかりで謎だらけだからな。

「ら…ディルムッドよ。ここは死後の世界のようだな。」
「ああっ貴殿に名前を呼ばれる日をどれほど心待ちにしたことか…。ええ、そうです。ここは死後の世界、私にとっては楽園とも呼べる場所です。」
「えらく興奮しているな、お前は。」
「勿論です…!!忠を尽せなかった貴方に再び手が届いたのですから…!!」
「それは…。まあいい、一つ疑問があるのだがお前は英霊だろう、ディルムッド。英霊の座に還るべきお前が何故私の前にいる。…ディルムッド?」

私の言葉のどれに反応したのか、ディルムッドはその美しい相貌を崩し、血涙を流すあの悪鬼の表情に変わった。突然の豹変ぶりに握られていた手を解き、慌てて距離を取ろうとする。しかし長く筋肉質な腕が私の肩を押し、いとも簡単に押し倒した。私の非力さも、ディルムッドの筋肉も死んだのちも変わらないようだ。
組み敷かれた私をウットリとした眼でディルムッドは見つめた。妙に熱っぽいそれに、コイツを見つめるときのソラウが頭によぎる。そうだ、ソラウはどうしたのか。額から汗を垂らしながら、おずおずと再び問いかける。コイツは、何かおかしい。

「ディルムッド…ソラウは、ソラウは来てないのか。」
「ソラウ…?来るわけがない。ここには貴方と私しかいません。永遠に。」
「何を馬鹿な…。」
「ソラウ殿は新しい肉体を得て、今頃どこかで産声をあげてるのでしょう。きっと来世は幸せでしょう、ご安心ください。」
「ならばお前は…私はどうなっている…!?」
「…私は余りある呪いの念から英霊の座より堕ちてしまいました。この身は未だ貴方への呪いに焼け焦げ、自らも御しきれないほどなのですよ…ケイネス殿…。貴方は私を醜く変えてしまった。この勇猛なるディルムッド・オディナを…。」

また一筋血涙が溢れ、ディルムッドの頬を濡らす。しかし薄く笑みを浮かべたディルムッドに、悲しみの色も落胆の色も見られない。何がどうなっているのか。組み敷かれ、困惑し、されるがままになっている私に気を良くしたのか、ディルムッドは私の襟口に手をかけ、おもむろに脱がせにかかった。
いよいよ訳が分からない。

「貴様何を…!!果たせなかった忠義を果たすのではないのか!!」
「その通りですよ、ケイネス殿。私は貴方に忠誠を誓いながら、その身を暴き、犯し、貴方を殺し続ける。それが私の願いであり、貴方に施し続けたものの結果だ。」

ディルムッドが施してきたもの。コイツとの僅かに暖かであった記憶が薄汚れていく。手の甲に口付けを落とすディルムッドは、確かに美しく、騎士そのものだったというのに。

「!?まさかあれが呪いであったと言うのか!!」
「初めはそうではありませんでした。小さな魔術に過ぎない。しかし積み重なって確かな繋がりを得、その上私の呪いを受けた結果、貴方を私に縛る呪いになった。」

恍惚と頬を上気させたディルムッドは、話す間にも忙しなく手を動かし、確実に私を剥いでいく。止めようにも虚を突かれ、すぐに取り払われる。この世界を満たし、眩かった光は徐々に失せ、辺りは血の色を見せ始める。床もいつしか血のぬかるみに変わり、ディルムッドから逃れようとする私を捕らえた。
最後の一枚を取り払われるころには、私の眼には涙が溜まっていた。死して尚地獄をみるのか。いや、死んだからこそ地獄を見せられているのか。この空間での絶対的支配者はディルムッドだ。赦しを請うしかない己が悔しくて堪らない。それならいっそ。

「因果を歪めるほど私を呪っているのなら、一思いに殺せば良い!!」
「…ケイネス殿。私は貴方を呪っていますが、恋い慕い、愛してもいます。分かりませんか?貴方のその身を見て、強張るこの我が半身が…。」

密着してきたディルムッドに私は「ひぃっ」と情けない悲鳴を上げた。
触れ合った身体から、嫌な圧迫を感じる。張りつめたソレを更に味あわせたいのか、ディルムッドは私の手を取り、ソレに誘った。いきり立つソレの圧倒的な大きさに、私はこの先の事象を予測し、また涙が出た。死ぬことも許されないまま、性奴隷にでもなれと言うのか。

「我が肉槍で貴方を内側から壊してあげます。快楽に溺れて死ぬ貴方はさぞかし美しいのでしょう…!!さあ!!今こそ私の忠義を…!!このディルムッドの愛を、呪いをその身に注がせていただこう…!!」

そこに騎士も魔術師もいなかった。愛憎から己を求める血塗れた獣と、久遠の時を無限の愛と快楽の波に攫われる男が一人。
苦くドロドロに甘い、地獄を体現したディルムッドの呪い。しかしただ私だけを映す琥珀の瞳に、どこか心を満たされたのだった。

《その手に刻まれていたのは、無上の愛と呪いの楔だった》


(ディル→→→ケイ)
20120514


オチがログアウト。死後ディルケイおいしいです。それにしてもランサーが変態くさい。何、ナニ触らせてるんだ。



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