美食家の晩餐

※グロテスク注意

焼け落ちた民家の前で崩れ落ちた男がいた。その男の眼に焼けつけられた赤の世界は、いつしか黒色に塗りつぶされてしまった。闇を与えられる前のその男には妻がいた。妻の腹には今か今かと胎動する子供がいた。それなりに生きてきた彼にとって妻の懐妊は、何よりの吉報であった。徐々に大きさを増す妻の腹に耳を当てる。子の小さく脈打つ心臓の音を聞くのが、彼の日課となっていた。

(きっと妻に似て愛らしく、自分に似て自由奔放なのだろう。)

これから生まれ来る赤ん坊のことを考えるのが幸せだった。妻が慈しみながら腹を撫でるのを見るのが幸せだった。そんな夫婦に美食家を名乗る紳士が訪ねてきたのは、受胎から6ヶ月の頃。食を求め旅をしており、街で夫婦の家に極上の食材があると聞いたらしい。紳士の話に男も妻も顔を見合わせたが思い当たる節がない。門前払いをする訳にも行かず、夫婦は美食家紳士を招き入れた。空いてる部屋が生憎無く、紳士は男の部屋で寝ることとなった。男は客人にベッドを使ってもらい自身はソファーで睡眠をとることにした。人の良さそうな顔で感謝の言葉を述べる紳士に男は訪ねた。

「家には貴方をもてなすに相応しい酒も料理もない。貴方が聞いた極上の食材とは一体何ですか?」
「それはそれは絶品なのです。私は二回程それを食しておるのですが、いやはや忘れられぬ味でして。育てた方の愛が込められてはいればいるほど極上なのですよ。」

紳士の話しぶりに男は牛や豚なのだろうと納得した。丹精こめられた肉が美味しいのは間違っていない。もしや紳士が言っているのは裏の精肉店ではないだろうか。男の家の裏にはよく流行っているらしい精肉店が営業していた。きっとそうなのだろうと思い、明日の朝にでも伝えてあげようとその日男は床についた。

真夜中の3時。男はソファーの寝心地の悪さに瞼を上げた。男の身体はじっとりと汗ばんでいた。妙な暑さを感じ辺りを見渡すと、何やら台所が薄ぼんやりと明るい。何かが焦げ付くような匂いに顔をしかめた。妻が何か焼いているのか?朝食にしては時間が早すぎる。おかしく思ってそっと男は台所を覗いた。

そこには無惨にも腹を裂かれ、スッカリと臓器を抜き取られた愛する妻の姿があった。呆然とする男の頭から小気味よい笑い声が降ったかと思うと、頭蓋に衝撃が走り男の視界に星が散った。呻く男の腕を手際よく後ろで纏め、いとも簡単に拘束したのは美食家を名乗る血まみれの紳士だった。

「おはようございます。今丁度食事が出来たところなんですよ。残念ながら貴方の分はないんですがね。どうです、美味しそうでしょう。我ながら今回は格別上手く出来たんです。」

男の目に映るのは鮮血で赤く染まった部屋に、腹をくり抜かれた妻だった死体。そして机に乗せられたら無数の臓器だった。妻のモノと思われる臓器はほとんどがこんがりと火を通されていた。先ほど同じ焦げ臭さに加えて鉄が錆びたような匂いも漂っていた。男は嗚咽をもらし、吐瀉物を床に撒き散らす。紳士は変わらず人の良さそうな顔していたが、口にほうばっていくのは人の腸だった。ううんと唸ったかと思えば、まるでクリスマスプレゼントを貰った子供のような笑顔を見せる。

「やはり愛がこもっておられる。貴方が愛した女の小腸は艶めかしく舌に絡みついてきますよ。これならメインも期待できますね。」

そう言って紳士は肉の張った三角の塊を出して来た。ナイフをピッと天へ差し、振り下ろして肉を開いてゆく。開いた途端に溢れた半透明な液体を見た瞬間、男はたまらず叫び声を上げた。液体をさもスープを飲むかのようにスプーンで掬っては、紳士は休みなく口へ運んでいく。やがて露わになった肉塊に涙を流しながら男は嗚咽を零し続けた。

「羊水のスープは私も太鼓判を押す一品でしてね。私の友人も中々好んでよく調達するんですよ。ああ出てきた出てきた。これが今回のメインですよ。」

それは男が何より心待ちにした愛する妻との胎児だった。へその緒は未だ繋がっており、死した母からの栄養を待ち続けている。まだ首筋にはエラの跡が残り、肌は透け血管が浮き出ている。愛する子に向けられたのは祝福の手のひらではなく、命を刈り取らんが為に鈍く光る血まみれ紳士のナイフとフォークだった。

「イタダキマス」

耐えきれず男の意識はそこで落ちた。眼が覚めたとき一番に見えたのは、長年住み続けた帰るべき家が焼け落ちた姿だった。男はその場で泣き崩れ、地面に頭を打ち続けた。涙も枯れ地面に伏したままの男の背後から聞こえたのは、靴が砂をなじる音と、

《ゴチソウサマデシタ》

小気味よい笑い声だった。




(人喰い美食家と夫婦)
20100716





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -