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ーーードジった。
白いリノリウムの天井を見ながら、秋葉は激しく後悔した。

周囲をよく見て。廊下は走っちゃいけません。
小学校の頃から教師に言い聞かせられていたことだが、まさしくあの教えは本物なのだなと、文字通り痛感する。
大学の廊下、曲がり角での正面衝突。
何時もならそんな醜態を晒す前に、持ち前の運動神経で回避できたはずだった。いや、そもそもそれ以前に廊下を全力疾走で駆け抜けるなんて馬鹿な真似はしない。花の女子院生は、そんなはしたないことはしないものなのだ。

だから今回は、ただ非常に運が悪かっただけだ。
まさか誰が、まだ夜も明けきらぬ大学の廊下で、男性とぶつかるなんて予測出来ただろうか。
少なくとも秋葉は、これっぽっちも予測できなかった。できなかったから、ぶつかった拍子に体制を盛大に崩して、後ろ頭を思い切り廊下に打ち付けた。
そこから今までの記憶が無いことから、恐らくそれっきり気絶していたのだろう。
目の前が真っ暗になる直前、相手の男の子がこちらに手を伸ばしてきたことを思い出して、思わず顔を覆い溜息を吐く。仮にも全速力で突っ込んだにも関わらずビクともしなかった様だし、恐らく相手に怪我は無いはずだ。だからと言って思い切りぶつかった責任と後ろめたさが消えるわけでもないし、カエルみたいにひっくり返った姿を見られたであろう恥ずかしさが拭えることもないが。
なんでこんな時間に大学をうろついているんだと、逆恨みの気持ちが無いわけでもない。しかしそれについては秋葉が言える身分ではないので、ぐっと飲み込んだ。

「気がついたか?」
「……雪ちゃん?」

真白いレースのカーテンが引かれ、見知った顔がこちらを覗き込んだ。白い前髪に隠れた眉間は、少し皺を刻んでいる。

「よかった、意識ははっきりしているな」

雪はそう言うと少しだけ微笑み、秋葉のベッドの端へと腰を下ろした。手に持つクリップファイルに挟んだ紙にボールペンを滑らせ、さらさらと書き綴る。

「先生曰く、強度の後頭部殴打。脳挫傷や頭蓋骨骨折の心配はないそうだが、念のため、今日は絶対安静だと。
私も診させて貰ったけど、そうとう立派な皮下血腫じゃないか。
友人としても一医学生としても、今日の講義は潔く諦めて、大人しく病院へ行くことをお勧めするな」

絶対安静。……絶対安静?

腕に力を入れ、寝そべっていたパイプベッドから跳ね起きる。その途端に響く後頭部からの痛みに、再びシーツの海へと沈むこととなった。
がんがん、じくじくと頭蓋骨の内部までもを侵す痛みに、奥歯を噛み締め呻き声を漏らす。

「っ、う……」
「大人しくしていろ、って言っただろ」

ぺち。額を軽く叩かれただけでも、ぐらぐらと視界が定まらない。確かにこの状態で出歩いたならば、また直ぐに保健室行きとなるのは目に見えていた。
だが、しかし。
絶対安静、それではあの真冬の寒さが身を凍てつかせる中、暗い夜道を一人、大学までやって来た意味がない。

「待って……レポート……提出期限……死ぬ……死んでしまう……」
「……代理で提出しといたから安心しろ」

ーーー女神かな?
視界が揺れる。頭のせいではない、水膜で。

「ありがとう女神……」
「いいからさっさと寝ろ」




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