前人未踏

「ハッ、見てろよ、俺の方がお前より優れてるって証明してやるぜ」
「あはは、・・・まあ、お互い頑張ろっか」
 結論だけ言おう、俺はこいつにボロ負けした。くそ。



 空青々と天高く、草木は萌え新緑深し。
 4月を過ぎたころ。丁度冬の肌寒さも消え、春の訪れを感じさせる温かい日差しが窓から差し込む季節。外からは若人の期待に弾む声が響き、さあと吹いた風に揺られ、ひらりと桜の花弁が宙に舞う。出会いと別れ、過ぎ去った日々に別れを告げ、新たな未来へと歩みだす季節。
 だがしかしそんなこと知ったこっちゃない。俺は自室のベッドで毛布にくるまっていた。

「ちくしょう・・・」
そう何度目かわからない悪態をつき、右手で枕を思いっきり叩く。振り上げた拍子に何かが腕へと当たり、それと同時にベッドの下でドサドサと何かが崩れる音が響く。……恐らく脇に積みあげていた参考書が崩れたのだろう。衝撃はアパートの薄い床を通り抜けて階下の部屋へと響いたであろうが、別にいいやと考えることをやめた。それよりも気を引くことがあったからだ。

あの機械人形。
フォルムの洗練された曲線、人間の肌と何ら遜色のない柔らかさを持つ外装。人形独特のつなぎ目を極限まで目立たないようにした接合技術。無駄のない配置で刻まれた宝核への命令式。……外見がどう見ても6〜7歳程度の少年であったことには、まあ個人の趣味として目をつむるとする。自ら進んで学友のエグイ性的思考を知ろうという気はない。
つい3日前、アパラチアのとある一地方では、年に一度の機械人形展覧会が行われていた。俺も当然、自慢の人形を出展し優勝を狙っていたのだが、結果は3位。栄えある1位は俺の同門であり兄弟子(と言っても、入門の時期が2,3か月違うだけだが)である月見里憂のものとなったのだった。

――悔しくない、と言ったら嘘になる。今回出した人形は2年前から構想を練り、修業時代から着々と作り上げた伝手を最大限利用して製作した、過去に類を見ない自信作だった。白い頭にピンと伸びる二本のウサギ耳。右手に持つ長槍。すべすべとした外皮の下に感じる筋肉の躍動、それを隠す金と朱色の絹糸で織られた着流し。そして――口の中にびっしりと生える、無数の赤黒い触手と、人間で言う目の部分にある赤黒い複眼、ウシガエルの後足を無理やり縫合したかのように、切断面にも芸術性を求めた下半身。
自身の作るものがマニア向けであるという自覚はある、しかしそれでもなお、少なくともこの兄弟子には負けるはずがない。……そう思っていた。

しかし。憂の出展した機械人形は、俺の予想をはるかに超える素晴らしい出来だった。あいつの一世一代の自信作、と言っても過言ではないだろう。あれほどの優れた人形は見たことはない。審査員が満場一致であいつ一人に票を入れるのも納得できた。
恐らく……認めたくはないが、俺自身も。

「うわっ、汚っ……」
「あ゛ァ!!?」
突如、背後の扉から驚きと呆れが混ざった呟きが漏らされ、咄嗟にベッドから起き上がりそちらを振り向く。
突然ドアもノックせず他人の部屋へと入り込み、開口一番失礼な言葉をかましてきた男に、一言でも罵声を浴びせてやらなければ気が済まなかった。

しかしその試みも、最初のドスの効いた声を出すだけに終わる。振り向いた先にいた人物が、先程まで考えていた相手、その人だったからだ。

「や。お邪魔するよ。相変わらず汚い部屋だね、部屋掃除してる?」
 予想外の事態に追いついていけない俺を置いて、そいつ――月見里憂は、先程俺が崩した雪崩の山を抱え、本棚へと向かう。
「さっき管理人室の前を通りかかったんだけど、多分この下の階の部屋の人かな? 『また上の階からうるさい物音がした』って、管理人さんに泣きついてたよ。
いい加減にしないと、そのうち部屋、追い出されちゃうんじゃない?」
 そして呆れたような顔をしながら、左手に抱えた本をひょいひょいと本棚に収めていく。
「あ、そういえば、ごはん食べてる? 管理人さんから聞いたよ、最近部屋から一歩も出てないんだって?
ここの備え付けの冷蔵庫、そんなに大きいやつじゃなかったと思うし、もしかして夕都のことだから、また製作作業に夢中になっちゃってるのかと思ったんだけど……」
 そう言って憂は、左腕に通したレジ袋をがさがさと揺らす。よく見ると、中には近場で買ってきたのであろうサンドイッチが入っていた。

「近くの露店で美味しそうなのが売っててさ。ついいつもより多めに買ってきちゃったよ。とりあえずこれでも食べたら?
余ったら明日の朝食にでもすればいいしさ。それまでなら保つでしょ」

「お前、あの機械人形……」
 本を戻し終え、こちらを振り向き袋ごと投げて寄こそうとしたそいつに、俺は前触れもなくそう問いかけた。憂は動きをぴたりと止め、じっとこちらを見つめてくる。

 数秒の後、ビニール袋からサンドイッチを取り出しこちらへ手渡す。
「ああ、エートのこと? ……はは、思ったより熱が入っちゃってね。気付いたらああなってた。」
そして、どこか自虐するようなか細い笑みを浮かべ、自身のサンドイッチの包装紙を剥がす。
「……エート? あの機械人形のことか?」
サンドイッチと、問いの答えにならない言葉。二つを同時に受け取った俺は、聞いたことのない単語……恐らく人名(いや、機体名だろうか)だろうものが憂いの口から出たことで、しばし呆然とした。
「他になんだって言うんだい。行き成りどこの誰とも知らない男の名前を出すほど、俺は頭が弱くないつもりだけど。……勿論、俺が作った人形の名前だよ。」
「……お前、あれ、売らないつもりなのか?」
 意外だった。あれほどの出来であれば、さぞ多くの買い手がこぞって高値で買い付けに来るだろう。うまくいけばそこからどこぞの富豪のお抱え技師になって、一生制作費に困らず自由に創作活動ができるかもしれない。元々、先の展覧会は新人技師のお披露目と同時に、今後の活動における支援者探しも見越して企画されているものだ。単なる新作発表会として参加した俺とは違い、それまで自身の作品を外に出すことをしてこなかった憂が、独立後すぐに生活を支えてくれるパトロンを事前に得ていたとは考えられない。俺はてっきり、こいつも他と同じく、金づるを得るために参加していたのだと思っていた。そしてそれは大成功を収めたとも。
名づけは親の――買い主の特権であり楽しみだ。決して製作者のするべきことではない。買う前から名前の付けられた人形なんて、手垢のついた家具、他人の歯形が付いたサンドイッチのようなものだ。初売り出しの前から既に中古品だなんて、商品価値の大幅下落は免れない。
 憂が何を思ってそんなことをしたのかはわからないが、同じ門下で育った俺個人としては正直『バカじゃねえの!!?』という意見しか出てこなかった。――同時に浮かんできたショタコン疑惑は、深く深く思考の奥底に封じ込め重しを乗せてやる。
「そりゃ、なんともまあ……お前がいいなら、いいけどよ」
 それだけ返し、サンドイッチを一気に口の中へと押し込み、瞼を閉じてベッドに倒れる。そして憂に背を向けるように、ごろりと向こう側へと寝返りを打った。あたかも『話はこれで終わりだ』とでも言うように。ここまで呑気に話をしておいて今更だとは自分でも思うが、別に自分はこいつのことを許したわけではない。むしろ先の話を聞いて、余計にむかむかとしたものが胸の中に増えたようだった。プライドを傷つけられたそう思っていたのかもしれない。
 こういう態度を取っていれば、そのうち相手も呆れて部屋から出ていくはずだ。
――しかし、そうはならなかった。


2017/06/22 佐々山にぼし





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