不純物不必要



歌音さまリクエスト




いらいらする。



「ぶったりしたらだめだよ、かっちゃん…」



涙目のなまえ。それはいつも通りだ。泣き虫ななまえは、けれど今日この瞬間は肩をいからせた勝己の背中に張り付いて縮こまってはいない。



「ないちゃったでしょ…。あんまりひどいことすると、わたしだっておこるんだよ…!」



なまえは勝己がちょっと叩いただけで泣き出した男子を庇うように、勝己と男子の間に立って両手を広げていた。大きな瞳に涙をいっぱいに溜めた目でこっちを睨みながら、声を震わせる。口角を下げた勝己が一歩前へ出ると、びくりと肩を跳ねさせたくせにそこを退かない。



「おれのうしろでないてるだけがとりえのくせに、ヒーローきどりかあだ名!」

「……っ」



怒鳴りつけても謝らないなまえに、拳を振り上げた。




















物心がついた頃には、もうかっちゃんと一緒だった。だからだろうか、幼稚園に通うようになったときには隣にかっちゃんがいないと落ち着かなくなっていた。砂遊びも、探検も、お絵かきも、お遊戯の時間も、なまえはかっちゃんの隣にいた。それが普通だと思っていたし、かっちゃんもなまえがぼうっとしていてちょっと彼と離れると「こっちこい」と呼んでくれた。


いつでも自信満々なかっちゃんにくっついているのは楽しかったし、たまに怖い目に遭うこともあったけれどかっちゃんと手を繋いでいれば大丈夫という、根拠なんて必要のない信頼があった。


ただそれはかっちゃんらしい“個性”が彼に発現してから、時たま噛み合わなくなることが多くなった。


なんでもやれば出来てしまう、ちょっと乱暴なガキ大将。その「ちょっと乱暴」の部分が、悪い方へと傾いてきていたーーさっきみたいに。



「うう…っ、えっぐ、」

「かっちゃんがごめんね…だいじょうぶ?」



なんでかかっちゃんに叩かれた男の子の頬に、公園の水道で濡らしてきたハンカチをそうっと当てた。なまえの頬にもかっちゃんに叩かれて転んだ時に付いた砂汚れがついていたけれど、目の前の男の子みたいに腫れるほどではなかった。庇っておいてこのダメージの差がなんだか申し訳なくて、唇を噛む。



「…おい」



男の子とふたりで公園の隅っこに座り込んで、肩をくっつけたままどれぐらいそうしていただろう。空が橙色に変わってきて、男の子も泣き止み始めた頃。不機嫌そうな声が後ろからかかった瞬間、くっついていた肩の間に無理矢理誰かの手が割り込んできた。びっくりして振り返る。なまえを叩いてから最近よく一緒にいるふたりと帰ってしまったはずの勝己が、目を釣り上げて立っていた。横からひぃ、と小さな悲鳴が漏れた。


かっちゃんは叩かれたときの痛みを思い出したように顔色を悪くする男の子をちらりと見るだけ見て、なまえに顔ごと視線を移してきた。これまでかっちゃんと喧嘩なんてしたことがなかったから、なんとなく怯んでしまう。顎を引いてかっちゃんの出方を伺うと、彼はまだ機嫌が悪そうに眉と眉をぎゅっと寄せたままなまえの手首を掴んできた。ハンカチを持っている方の手だ。



「いつまでそんなやつといるんだよ、あだ名」

「そ、そんなやつって…かっちゃんがけがさせちゃったんで、しょっ!?」



あんまりな言い方に眉を垂らして思わず声を上げたら、ぐっと強く握られた手首を引かれて強制的に立ち上がらされた。そのままかっちゃんが歩き出すから、転んで引き摺られないようになまえも足を動かすしかない。公園からずんずん出ていく歩調についていきながら、慌てて男の子の方を振り返る。頭を抱えてガクガクブルブルしていた。ずるい、わたしだっておこったかっちゃんをまえにしたらガクガクブルブルしたい。でも片手を掴まれた状態ではそうもいかず、肩を縮こまらせてついていくしかない。



「か、かっちゃん。あのこにあやまらなきゃ、」

「あだ名、あいつとよくあそぶのかよ」

「…ううん。きょうはじめておしゃべりした」

「ふーん」



提案を丸ごと無視されて唇を尖らせながら、問われたことに首を振る。いつもなまえが持っているオールマイトのフィギュアを見て、「ぼくもオールマイトすきなんだ」と男の子が話しかけてくれたのだ。ちょうど昨日はオールマイトの特集番組をしていたから、あそこが格好良かったとかちょっと話しただけ。



「そ、それにわたし、かっちゃんたちとしかあそんだことないよ」

「ほんとかよ」

「かっちゃんにうそついたことないもん」

「そっか」



なんとなく素っ気なかったかっちゃんの声が普段通りに戻ってきて、あれ、と顔を上げる。手首にあったかっちゃんの指が離れて、すぐになまえの手を取った。いつも通りに繋がれた手と、斜め前にあるかっちゃんの顔を交互に見詰める。



「あだ名のばしょはここなんだから、ふらふらすんなよ」

「う?うん…」






(ほかのヤツなんていらないでしょう?)












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リクエスト「とろける心臓設定で幼少期の話」


ヒロアカ1巻のモノローグ部分をとろける心臓のふたりでやってもらいました。なまえが自分と自分の取り巻き以外といるのが面白くないかっちゃん。男の子叩かれ損。