パラドックスパレード



attention!!

・緑谷出久成り代わり(not転生)女主
・モブによる無理矢理(未遂)表現あり注意!
・胸糞かも
・中学時代
・もとはこちらを原作沿い長編にしようとして、需要が謎過ぎて没になった設定。貧乏性ゆえに短編UP







いやだ、やだやだこわい。さわらないで。



「ーーーーぁ、」



悲鳴を上げたつもりの口からは、か細い音を伴う呼気が吐き出されただけだった。恐怖が喉に絡まって、震えの止まらない身体の内側で声がぐるぐると沈殿していく。


汚い路地裏に仰向けに転がされた私を押え付ける少年たちの下卑な笑い声が耳を嬲って、じわじわ浮かんできていた涙が制服に手を伸ばされてとうとう決壊した。


伸びてきた手のひとつはスカーフを抜き取って、ついでのようにそれで私の手首を頭上で一纏めにしてしまう。ぎちりと喰い込む布地の痛みよりも、もうひとつの手がセーラー服のファスナーを引き降ろしたことに背筋が凍った。


その下のキャミソールを力任せに引きちぎられて、晒された下着に視線が集まるのを感じてぎゅっと目を閉じた。ぴったり閉じていた両脚も膝に掛けられた手に左右へ開かされて、その間に少年のひとりが身体を割り込ませてきた。荒い息遣いが近付いてくる気配を瞼越しに感じる。男の人に覆い被さられて、嫌でたまらないのに身体を隠す術を全部取り上げられている状況に、本能的な恐怖が膨れ上がった。



「“無個性”のみょうじなら“個性”使った抵抗を考えなくていいから楽だなあ、おい」



がたがた震えながら泣きじゃくる私を嘲笑する言葉に絶望感が肥大した。もうやだ、“無個性”ってだけで、なんでこんな。身体のラインを確かめるように這い回る掌の生暖かさが気持ち悪い。ぐいとホックも外さずに下着がずらされて死にたくなった。外気に晒された肌が泡立つ。


いくら目を閉じていても肌の感覚と聴覚から自分が蹂躙されていることはまざまざと自覚できてしまって、付け根に向かって脚を辿ってスカートの内側に侵入してくる掌の感触に、胸を無遠慮に弄られる嫌悪感に、いっそ全部終わるまで気絶したいと願った、瞬間。



「っが…っ!」


突然ごすっ、と重い音がして、私を“無個性”と笑ったのと同じ声が短く呻き、身体の上にあった気配が遠ざかった。


反射的に泣いたせいで熱い瞼を抉じ開ける。


見えたのは、薄い金髪と鋭い紅瞳。



「…かっ、ちゃん……?」

「ば、爆豪!?なんでお前がっ」



呆然と幼馴染みの呼び名を呟く私の縛った手首を押さえていたもうひとりの少年が、かっちゃんに頭を鷲掴みにされて言葉尻を途切れされた。間髪入れずに爆破音が響いて、零距離で爆破を受けた少年が顔を両手で押さえて悲鳴を上げる。


駄目だ、資格のない人が“個性”で人を傷付けたら処罰の対象になる。この状況を鑑みてもらえたとしても、万が一補導歴なんてついたらヒーローを目指すかっちゃんにとってマイナスでしかない。



「なあ、おい」



真っ赤な瞳は、ぞっとするほど静かだった。怒っているのは確かなのに、いつもの爆ぜるようなそれじゃないことに身体を暴かれるのとは違う恐怖が背筋を駆け下りる。


目の前で少年たちを睨めるかっちゃんが、なんだか知らない人のようだった。



「人のもんに手ェ出すなって、ガキのころ教えてもらわなかったか?そいつは、俺の、玩具なんだよ」



最初に殴り倒されたのか蹴り倒されたのか、どちらにせよ私に覆いかぶさっていた筈が目を開けたときには地面に倒れ伏していた少年を、言葉の区切りに合わせてかっちゃんの脚が何度も蹴り上げる。


かっちゃんを止めないとと思うのに、喉はまだ言葉を思い出さない。どすっ、ごすっ。嫌な音が響くたびに、びくりと肩が跳ねた。逃げようとする少年の腹に、肩に、かっちゃんの爪先が鋭く喰い込む。


痛みに呻く少年の反応が鈍くなる頃、漸くかっちゃんは動きを止めた。



「次にそのツラ見せやがったらぶっ殺す。…さっさと失せろ」



何度も頷いてよろめきながらも走り去っていく少年たちを睥睨したかっちゃんが、徐ろに私のそばへしゃがみこんだ。咄嗟に身体が竦む。脚が無意識に『男の人』から逃れようと、踵で地面を掻いた。ああ駄目だ、救けてもらっておいてこんな反応。怒られる。


かっちゃんに不機嫌にあたられるのはすっかり慣れている筈なのに、今そうされたら耐えられそうになかった。


弁明をしようと口を開いても何も思い付かなくて、ぱくぱく開閉していた唇もかっちゃんが手を伸ばしてきたことで引き結んだ状態で固まってしまった。どうしようどうしよう、思考が纏まらないまま身体を縮こまらせたものの、結局かっちゃんの掌が爆発することも怒鳴り声が飛んでくることもなかった。


伸びてきた手は全身を強ばらせる私の頭を通り過ぎて、手首を縛ったスカーフを意外と几帳面な仕草で解いてくれた。中学に入学してからは暴力を振るわれることはなくなったけれど、それでもいつの頃からか私を虐げるようになったかっちゃんに救けられている、という事実に戸惑う。


かっちゃんは汚いものでも摘むようにスカーフをそこら辺に捨てた。私だって自分の自由を奪ったそれを拾う気にはなれずにただ呆然とそれを見送っている間に、腕を強く引かれて上体が引き起こされる。思いきり引かれたから肩が痛かった。


両手も自由になって背中も地面から離れて、少年たちはもういない。なのに恐怖は全然抜けていかなくて、身体がかたかた震えるのを抑えられない。



「あ、あり、ありがと、う…」

「服着ろ」



やっとのことで絞り出した声はみっともないくらいつっかえていたけどかっちゃんには届いたらしく、神経質そうにその眉がぴくりと動いた。眉間に寄っている皺がぐっと濃くなって、低い声で告げられた脈絡のない言葉に胸元が肌蹴きっていることを思い出した。


慌てて下着を引き降ろして、セーラー服の前を留めるためにファスナーの留め具を噛み合わせようとするも震える指先だとなかなかうまくいかない。かっちゃんは別段顔を逸らしてくれるわけでもなくすぐそばに居るし、恥ずかしいやらいたたまれないやら惨めやらで、一旦引っ込んでいた涙が戻ってくる。



「ふ…ぅ、うぅ……」

「救かっといて泣いてんじゃねえよ、面倒くせえな」

「だっ、て、こわかっ…」



せめて嗚咽を殺そうと唇を噛み締めたけど、かっちゃんから放たれたのは音も高い舌打ちだった。びくっと身体が震えた拍子に、ファスナーの留め具が手から零れた。それをまた不器用すぎる手に取る前に、突然ばさりと何かが俯いた頭に叩きつけられた。


咄嗟に手でその何かを頭から引っ張り下ろす。黒い学ラン。見慣れた学生服を握り締めたまま、思考の処理が追い付かずにかっちゃんを見た。カッターシャツ姿。なら手元にあるこれはかっちゃんの学ランということになる。「はえ……?」間抜けな声を上げた私に、見上げた目が釣り上がった。



「さっさと着ろ、のろま!」

「ひっ!は、はい……っ」



前が肌蹴ているとはいえ私も冬服を着込んではいるものの、体格差があるから袖を通した学ランはぶかぶかだった。それに残ったひとの体温のあたたかさに感じる安堵と目の前のかっちゃんが何を考えているのかわからなさすぎる戸惑いを消化できないまま、とりあえず前を掻き合わせて下着を隠す。かっちゃんはそんな私を一瞥して、私の手を取って立ち上がった。そのまま大股で歩き出すから、引き摺られるようにして私も立ち上がらざるを得なくなる。膝がみっともなく震えたけど、立って歩くことは出来た。



「あ、の、かっちゃん…?」

「黙ってろ」



呼び掛けても振り返らないかっちゃんに低い声で言われて、はくんと口を噤む。学ランの前を合わせたまま必死に転ばないよう歩きながら見えるのは、幼い頃に憧れていた背中。ーー好きな人、の、背中。


時たま馬鹿にされるくらいで普通に仲が良かった頃ならまだしも、持ち物を爆破されたり“無個性”だと罵倒されたりする今でもかっちゃんが好きな私はどこかおかしいんじゃないかと自分でも思ったりする。すごいけど、嫌な奴。なのに初恋の刷り込みなのか、私はかっちゃんを嫌いになれないでいた。


口は悪いけど根っこのところは真面目で、自尊心の塊だけどそのプライドの高さも納得してしまうほどなんでもやれば出来てしまう。でもその才能に胡坐をかいているだけじゃなく、ストイックに努力してる人。


そんな自分の好きな人にあんな現場を見られたんだと改めてさっきの裏路地での出来事を少しだけ冷えた頭で思って、胸のあたりが重たくなった。


言われた通りに黙ったまま滲んでくる涙を拭って、手を引かれてどれくらい歩いただろう。俯いていたこともあって気が付かなかったけど、ふと気が付けば自分の家がある団地の敷地内に入っていた。


いくつもある似たような入口を通り過ぎて、かっちゃんが脚を掛けたのはまさしく私の家のある棟の階段だった。それまで、それこそ一緒に遊んでいた小さい頃くらいしかお互いの家になんて行き来していなかったのに道順を覚えてるんだな、なんて遠い頭でぼんやり考えていた意識が現実に引き戻される。思わず立ち止まって、私を牽引するかっちゃんの手を引いた。腕力の差を思えばかっちゃんはそのまま進めただろうけど、今日初めての抵抗を試みた私の行動にとりあえずは足を止めてくれた。



「んだよ、てめぇん家ここだろうが」

「そ、そう、だけど…なんでかっちゃんまで、一緒に……?」



階段の一段目に掛けた脚は降ろさないままこっちを振り返る赤い瞳がまだ妙に静かなことに戦きながらも、どうにか疑問符を擦れた喉から絞り出す。かっちゃんの目が苛立ったように細められた。



「そんな状態でお前、自分でさっきのことおばさんに説明できんのかよ」



おばさん。この場合、それは私のお母さんのことで間違いないだろう。血の気が引いていく思いで首を左右に振る。怪訝そうに顰められる顔は怖いけど、ここで怯むわけにはいかなかった。



「や、やだ。お母さんには言わないで」

「ア?泣き寝入りする気かよ」

「そ、じゃない、けど…」

「っじゃあなんなんだよ、ウゼェな!」



不機嫌そうに歪んでいく顔に、せっかく落ち着いてきた涙腺がまた緩みそうになるのをどうにか堪える。「だって、」どうにか喉から押し出した声はひっくり返っていた。



「む、“無個性”だからって、今までもいっぱい心配かけてるんだ…。だ、から、これ以上余計な心配、かけたくないの」

「………は?」



少年たちが私を“無個性”だと嘲ったことと、私が“無個性”だと知らされた日に、お母さんが悪いんじゃないのに「ごめんね」と泣いたお母さんを思い出す。またあんな風に私のことでお母さんが傷ついて泣かなくちゃいけなくなるようなことは、出来る限り避けたかった。


つっかえつっかえどうにか説明できたことに息を吐こうとして、ひゅっと逆に飲み込む。こっちを見るかっちゃんの纏う雰囲気が、不機嫌を通り超えて不穏なものになっていた。


ぐっと握られたままだった手を引かれて、バランスを崩しながら前へ出る。次の瞬間、肩を押されて、どん、強く打った背中にコンクリートの冷たい壁の感触。混乱しながら視線を彷徨わせると、階段の影になったスペースに押し込められているらしかった。体勢を整えようとしたけど、身動ぎしようとしても腕から離れて両肩を押え付けるかっちゃんの手はびくともしない。当たり前だ、あの少年たちをあっさり撃退してしまった人なんだから。


私かかっちゃん、どっちかが不意に首を動かしたら鼻先が触れそうな位置にあるかっちゃんの顔が、険しい。高い位置から睨み付けられる眼光の威圧感に、肩に喰い込む指の力に、どうしようもなく性別の差を感じて震えが戻ってくる。



「余計な心配?」

「はなれ、て。かっちゃん、いたい…」

「てめぇはどんだけ鈍臭ぇんだ、あ?あいつらに何されそうだったかわかってねえのか」



どうしよう、こわい。


自由のきかない身体。薄暗い空間。覆いかぶさる男の人。路地裏での出来事がフラッシュバックして、吸っても吸っても酸素が入ってこないみたいだった。こわい、いやだ。こわい、こわいこわいこわい。



「俺がいなきゃマワされてたんだぞ。それともなんだ?おばさんにも言わずに口噤んで、また襲われてえのかよ」



「あのタイプの馬鹿はケーサツでも間に入ってこねえ限りまたやるぞ」ーー地を這うような声にしたくもない想像が頭を過ぎって、唇を噛み締める。かっちゃんが来てくれなかったらどうされてたか、なんて。いくら私でもそれくらいわかってる。かっちゃんがわざわざ言葉にしたのは、お母さんに言いたくないと言った私の発言を引っ込めさせるためだろう。でも。


でも。



「こわいのやだ、けど、言いたくない…!」



かっちゃんが本気で苛立った顔をした。怒鳴られたらたぶん二の句を継げなくなる。気を抜くと嗚咽になりそうな息をどうにか吸い込んで、勢いに任せて唇を動かした。



「それ、にっ!“個性”を公共の場所で使うの、禁止でしょう…?救けてくれたかっちゃんがヒーローになるの、じゃましたくない、から」



自力で立ち上がって逃げていったんだから、かっちゃんに爆破された少年も重篤ではないんだろう。…きっと。そう信じたい。でも私が彼らを警察に訴えれば、仮に怪我が軽くてもかっちゃんが“個性”で攻撃したことは芋づる式にバレてしまうだろう。


それでかっちゃんに迷惑がかかるのも、嫌だった。


言葉を絞り出して、そろりとかっちゃんを伺う。なんだか変な顔をしていた。眉間に皺を寄せたまま目を見開いて、口は半開き。言い切った途端に怒鳴られる覚悟だったから、この沈黙に戸惑う。


目を合わせて一瞬、二瞬。目の前にいるのは幼馴染みだと認識できて、身体の震えが治まってきたくらいで。



「…てめぇに俺の将来設計を心配される謂われなんざ微塵もねえんだよクソナードがッ!!」

「っ、っっ!ご、ごめっ、なさい…!」



弾けた怒声に思わずぎゅっと瞑った瞼の隙間から涙が滲む。これしか縋れるものがないような気がして、縮こまりながら羽織った学ランの前を強く握り締めた。肩から押さえ付けられる痛みが消えて、遠ざかる足音……遠ざかる?


恐る恐る目を開ければ、階段裏にいるのは私だけだった。へたり込みそうになる脚を叱咤して外を覗くと、漸くそこにこっちに背中を向けて去っていくかっちゃんを見付けた。思考が追い付かずに「かっちゃん、」呼んでしまった私の声に彼が振り返る。



「…次、」

「え、つぎ…?」

「次!俺以外のヤローに好き勝手されてやがったらぶっ殺すからな!」



反射的に頷いた私を見て鼻を鳴らして帰っていったかっちゃんが、あのかっちゃんが。私なんかの意見を取り入れた上で、今回は黙っていてくれることになったんだとあの捨て台詞の意味に気が付いたのは、辿りついた自室で学ランを借りっぱなしだと気付いたのと同時だった。


  | top | next