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# 1


(創作企画/ゆらまちより) 

  #1


味噌がきれた。

ついでに、醤油もきれた。

同時にきれるなんて、今日はついていない。
少なくなっていたのは気づいていたけれど買い置きがあると思ってそのままにしておいたのが悪かった。まさか買い置きも無いなんて思わなかった。

「おばあちゃん、気づいていたならもっと早くに言っててくださいよお...もうお湯を沸騰させて具も入れちゃったのに・・・。」

ガスコンロの上にある小さな鍋はグツグツと煮え立ち、中では小刻みになった玉ねぎやジャガイモなど、様々な具がゆらゆらと踊っている。
良い出汁も取れていたし、今日は美味しく出来そうだと思っていたのに。

「まあまあ。おばあちゃんもうっかり忘れていたよ。そうだねぇ、具はザルに取り出しておこうかねぇ。きっとすぐに買いに行けば美味しく食べられるよ。」

穏やかな表情そのままの口調でそう言われると、もう何も言い返せなくなる。
エプロンの紐を解きながら、机の上の財布を手に取った。

「分かった、買いに行くよ。でもなぁ、う〜ん、まだバス出てるかなぁ」
「そうだねぇ。」
時間を確認しながら不満の声を漏らす僕とは裏腹に、祖母はのんびりとした口調で待ってる間おばあちゃんは佃煮でも作ってようかねぇ、と微笑んだ。

土曜日の午後5時すぎ。
冬はもう終わりに近づき、この時間の空は薄暗く夜に一歩踏み出している頃だ。
時折暖かい風が吹き、降り積もっていた雪も溶かしていく。
朝方に降りる霜もうすぐ終霜じゃないかと思う。

だが、まだ冬といえば冬だ。
春が近い、とはいっても夕方は昼に比べ気温は下がり寒いものは寒い。
防寒具に身を包み財布を持ちエコバックとなるものを持ち、玄関の引き戸を開けてみれば温度が90度回転したように寒い冷気が地肌をこする。
ひぃさむっ、と小声をついもらしてしまう。
それでも、寒がってばかりじゃ何も始まらない。諦めたら試合終了だ、とどこかの漫画で言っていた気がする。
気を取り直して足を踏み出していく。
玄関のすぐそばの柿の木は、冬が始まってすぐに葉が枯れ落ちてしまい、とても寒々しく枝を伸ばしている。柿の実がなるのはまだずっと先だろうな。

田んぼ道を通って公民館のすぐそばにあるバス停につく。
こんな時間にバスに乗る人は少ないのかバス停には人っ子一人おらず、人のかわりに落ち葉がどこか寒々しく散らばっていた。
バス停の時刻表を確認する。どうやら10分ほど待たなければいけないみたいだ。
「ふー」
息を付きながらバス停の椅子に座りマフラーの乱れを直す。ズボンのポケットから携帯を取り出し、有名なSNSサイトで「バス待ちなう」なんてつぶやく。

5分ほど待った頃だろうか。
並木道を通り抜け街の方からバスが走ってくる。きっとこのバス停に降りる人が乗っているのだろう。
整理が行き届いていない道のせいか、ガタンッと音を立てながらバスが停車した。
そういえば昼頃出かけた兄、六弥が今の時間頃に帰ってくると言っていた。
もしかして乗っているのかもしれないなぁと、わくわくした気持ちで停車したバスを覗いてみる。

そして、ガラガラガラと折りたたむように開いた扉から見えたのは、弱りきった兄さんの顔だった。

 

「びっくりしましたよ...兄さん...」
「いやぁ面目ない...」

バスの中で弱りきった顔をしていた兄六弥は、どうやらバスの定期を財布ごと友達の家に忘れてきてしまったという。
そこに鉢合わせた僕は兄さんの「よ...良いところにすすむさぁん...」という声を聞いて代わりにバス代を払ったということだ。
あの時僕が来てなかったら兄さんはどうするつもりだったのだろう...

「ごめんねぇ...でも、出かけるところだったんだろう?お金は大丈夫か?」

僕の隣に座り心配そうに尋ねる兄さんに、これみよとお財布をがま口を開いてみせる。

「うん、大丈夫ですよ!おばあちゃんが余分に持たせてくれたから」
「そっかぁ、良かった。本当にありがとうなぁ、財布戻ったらちゃあんとおばあちゃんにお金は返すから。あっそうだ、進さん、はいお礼!」
そう言って鞄の小さなポケットから飴玉とオレンジがポップにかかれた袋を取り出す。コロコロと中から音がする。
「飴玉だ!」
受け取り『保存に便利な密封チャック付!』とかかれたチャックをチリチリと開け、中身を見る。愛らしいサイズの鮮やかなオレンジ色の飴玉は、開け口から差し込んだ光にぴかりと輝いた。
顔を輝かせていると兄さんは顔をほころばせた。
「さっき友達にもらってね。美味しさは兄さんが検証済みだから大丈夫さ!」
試しに一粒頬張ってみると甘酸っぱいオレンジの味が口の中に広がる。自分好みの味だ。
「ありがとうございます!」
大事にバックにしまうと、岩が転がってくるようなバスのエンジン音が聞こえた。
腕時計を見ると10分はあっという間に過ぎている。どうやら向かってきているのは自分が乗るバスのようだ。
もう行かなきゃとベンチから腰をあげる。

「それじゃあ、いってらっしゃい」

「行ってきます!」

  _


乗ったバスは学校へ通うときに使っている路線のバスなので見慣れた風景がゆるゆると外を流れていった。
深いオレンジ色の空は、徐々に青に染まっている。そういえば夢咲先輩が、こういうのをブルーモーメントというんだと、言っていた気がする。
綺麗だなと、それを眺めながらバスに揺られていると、もうバス停についたようだ。アナウンスとともにガタンッと音を立てて止まった。目的のバス停はもう一つ先だ。
人が下りる姿を眺めていると、バス停のすぐ近くのベンチで誰かが丸まっているのが見えた。
淡い空色の髪に、きつね色のコートを着ている。顔を伏せていてよく見えないが、どうやら気分が悪いようだ。
(あれ、)
どことなく見覚えがあった。気分が悪そうにベンチにうずくまっている、ふんわりとした髪に整った顔立ちの...

「あっ!らく先輩!!」

思わず立ち上がり、閉まろうとしていたドアに急いで手をかけた。
「お客さん!」と運転手に声をかけられて、あわあわと慌てながらお金を払う。小銭が落ち終わる音も聞かずにバスから飛び降りた。

「らく先輩どうしたんですか!?」

急いでベンチに駆け寄り、先輩の顔を覗き込む。
案の定、青ざめた顔をしてベンチに伏せていたのは、3年の先輩、草薙らく先輩だった。

「ううう...」と小さく悲鳴をあげている。水でも持ってきた方がいいのだろうか、ああでも余計なおせっかいになってしまうかな、と考えていると、唸る人物はスラリとした腕で勢いよく僕の腕をひっ掴んだ。予想しなかった行動と、青ざめた顔に似合わない力強さで思わずヒィッとこちらも悲鳴をあげて後ずさりしてしまう。
「...あ....いも...い...」
先輩は弱々しい小さな声で何かをつぶやいた。あまりにも小さな声なので周りの雑音にかき消されて所々にしか聞こえない。
「ら...らく先輩?なっなんですか?」とおずおずと声をかけるとバッとゆるふわの空色の髪の毛が動く。

「甘いものが、たりなーーーいッ!!!!」

その、顔を勢いよくあげたらく先輩の顔は、今まで見たこともないほど必死な形相で

「あっあああめだまいりますかッ!!!!」

思わず、カバンにしまってあった兄からの貰い物の飴玉を突き出した。





「あぁ、これ美味しいね」

らく先輩はバリボリと飴玉を美味しそうに頬ばった。
ああ僕の飴玉...まだ2つしか食べてないのに...しかしまぁ、飴玉ってこんな音をたてて食べる食べ物だったっけ...と少しは思ったが背に腹は代えられない。なにしろ、あの飴玉以外の甘味は鞄の中にひとつも入っていないのだから。これをくれた兄さんに感謝しないとなぁ、と頭の中で兄に向かって手を合わせた。

隣に座っているらく先輩の顔は先ほどと違い、ふんわりと和らいだ表情で飴玉を口に含んでいる。思わずこちらも頬が緩んでしまった。

「進ごめんね、いきなり」
「あっいえ、僕も飴玉しか持ってなくてすいません。」

慌てて手を振って誤ると謝らないでよ!と手を止められた。

「進のくれた飴のおかげだよ!ちゃんと家に帰れそうだ、ありがとう」

そう言い、和らいだ表情をキリリと涼ませ綺麗に笑みを作った。
思わず惚れ惚れと魅入ってしまうような笑みだなぁと思いつつ、自分が飴を持っていなければらく先輩が家に帰れなかったという事に背筋を凍らせ、再び兄に手をあわせ、ついでにお供え物もした。

「あ、そうだ。これ、お礼に貰ってよ」

家に帰ったらお供え物のオニギリを作ろうと頭の中の冷蔵庫の中身を確かめていると、らく先輩は大きなぽけっとをゴソゴソと探りながら言った。
ころん、と進の手に乗せられたそれは、緑の細い棒の先端にキラキラの目をしたウサギが付けられたシャーペンだった。
「これは?」
「さっき友達と遊んでさ〜その時にゲーセンでとったものなんだけど...こんな物しか持ってなくてさ、ごめんね」
らく先輩は、結構可愛いと思ったんだけどもっと別なお礼にしようか、と申し訳なさそうに眉を下げる。慌てて違います!違います!と首を振り、シャーペンを握り締めた。
「お礼なんて...飴あげただけですし!それに、い...妹さんにあげたほうが喜ぶんじゃないんですか?」
ウサギのシャーペンは最近流行りのウサギのキャラクターをイメージしたのだろうか、記憶にあるそのキャラクターと幾分雰囲気がだいぶ違ったが確かに可愛らしく、揺らすとウサギの中からチリンと小さく鈴の音がする。

「ああ、それなら問題ないよ。ほら!」

そう言いながらさらにポケットから同じようなシャーペンを取り出した。ポケットの収納力は2次元ポケットさながらだ。
らく先輩の見せたそれらは、進の手にしている物とは所々容姿や色が違い、クマ、ネコ、ペンギン、アライグマとカラフルにらく先輩の手に収まっていた。
思わず、ほぉ...と関心の声がもれる。

「結構たくさんとっちゃってさ、いっぱいあるんだ。その中の一つだけど、よかったら貰ってよ。」

後を押すように「ね?」と微笑みながら首をかしげる。
その断れない笑顔に「うう...」と唸って、それならありがたく...とウサギのシャーペンを、鞄にしまった。
それから、被ったというアライグマのシャーペンもおまけにつけてくれた。



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