あれからいろんな高校をまわった。テニスで練習試合に行くときもなまえがいないか探していて真田に怒られたりもした。でもなかなかあいつは見つからなくて、何度も仁王や幸村くんに聞きだそうとしたけど、それじゃああいつらに負けた気がして俺は必死に探し続けた。それでも見つからなくて…半ば諦めながら氷帝学園との練習試合の帰りで一人電車に乗っていた。

外は雨だ。車内はかなり湿気が高く、練習試合後にシャワーを浴びたがそれは無駄に感じるほどジメジメして気持ち悪い。

(あー、ジローを相手にしてたから一人だけ帰るの遅くなっちまったクソ。途中で雨にもあうし最悪だろぃ…)

苛々しながら携帯をいじっていると白蘭女学院の制服を着た女の子が電車に飛び乗ってきた。顔は前にいるサラリーマンの影で見えないが、何処か身に覚えのある雰囲気をまとう彼女が少し気になった。

3駅ほど過ぎ、サラリーマンがぞくぞくと下車する中、俺はこれまでにない衝撃を受けた。

(嘘だろ…?)

その白蘭女子の制服を着た女の子は、俺がずっと探し求めていた、みょうじなまえだった。最後に見た時よりも大人っぽく見えたが、それは紛れもなくなまえだった。


ずっと探してた。何度も仁王や幸村君に聞き出そうとした。でも、やっと。やっと自分で見つけ出せた。この再会が偶然でも必然でも、もうどうでもいい。兎に角なまえと話したい。そう思い、なまえに近づこうとしたとき、なまえは聞いていたiPodをスクールバッグにしまい、下車しようとしていた。

(おいおいここで降りんのかよぃ!)

俺の最寄駅にはまだ乗っていなければならないが、このチャンスを逃すともう会えない気がして。俺はとっさに電車を下りた。


なまえが傘をさして歩き出そうとした時、意を決して彼女の肩をつかんだ。「きゃっ」とびくびくしながら振り向いたなまえ。最初は恐怖の色を浮かべていたが、それは次第に変わっていく。


『な、なんで…』

「なんでじゃねーよ!高等部の入学式でお前の姿がなかったから幸村くんと仁王に聞いたら外部受験したって言うし、何処高か聞いても教えてくれねーし、まじ意味わかんねー!探したんだぞ!」

いざ本人を前にすると、今までシミュレーションしていた会話がガラガラと崩れて落ちて、余裕のない自分がいた。そんな俺を目を丸くして見つめているなまえ。その表情、相変わらずだな。


「その制服、白蘭女学院だよな」

『…うん』

「まさか…外部受験してるとは思わなかった」

『…っ』

「なんで?」

『…』

なまえはずっと俯きながら何も言わない。やはりなまえが外部受験をしようと決意したのは…


「…俺のせいか」


分かってはいた。覚悟はしていた。だってなまえをひどく傷つけたのは、俺なのだから。なのにどうして今、すごく胸が苦しいんだろう。分かって…いたのにな。


(自分がひどく馬鹿であほで間抜けで、笑っちまうよ)


『ブン太のせいじゃないよ。私が自分で決めた事だから』

フォローをしているつもりなのだろうか。そんな同情なんていらないんだよ。俺のせいだって、そうだって言えばいいだろ…!

「じゃあどうして!どうして俺には言わねーんだよぃ…?」

『じゃああの時、もし私がブン太に話し掛けたらブン太はどうしてた?』

そう言われて俺ははっとした。あの時の俺は…

『きっと私の事、無視するよね』

そうだ、ずっとなまえが悪いと思い込んでいた俺は、ずっとなまえを避けていた。話しかけられても、きっと…

『もう終わった事だから…お互い忘れよう』


降りつける雨が、とても冷たく感じた。





***





それから俺となまえは、しばらく世間話程度に話して別れた。最後にどうしても聞きたかった事。それは"俺と付き合って後悔しているか"。後悔してると答えられてもおかしくはない。それなのになまえは「私なんかと付き合ってくれてありがとう!」と笑っていた。その笑顔は付き合っていた頃と同じで、まぶしいくらいの笑顔だった。

「そっか、俺は…なまえの笑顔が大好きだったんだ…」

好きだった。大好きだった。いや、今でも本当は…。


「なまえ…っ好きだ…っ」


そんな言葉は届くはずもなく。



俺は初めて、涙を流した。