中3となれば高校受験がつきものだ。最近よく進路希望調査の紙を分けられる。内部生は校内で実施されるテストを受ければ中学から大学までエスカレーター式で行けるので、他の高校を受験する人はほぼいない。
「みょうじさんもそのまま立海だよね?」
さっき幸村君に尋ねられ、一応肯定したが、私は正直…迷っていた。
私はブン太と別れてから勉強をよくするようになった。ぼーっとしていると不意にブン太を思い出してしまう。何かに集中して彼の事を忘れたかった私は勉強をちまちまとやるようになった。お陰で今まで中の下くらいの成績が一気に跳ね上がって、この前のテストでは校内で10番以内に初めて入った。いつも20番以内の成績は廊下に張り出される。私の名前を見つけた幸村君はかなり驚いていた。
そんなある日の放課後、私は担任に呼び出された。失礼しますと職員室に入ると、奥の机で煙草を吸っていた担任は私を見つけると、おー来たかと隣の先生の椅子を動かし、ここに座れと言った。
「いやーそれにしてもみょうじ、よく頑張ったな。あんなに成績が著しく伸びるとは…偉いぞ」
『あ、ありがとうございます』
やっぱり成績を褒められると嬉しい。今までそんな事言われた事ないからちょっとくすぐったい。
「お前、丸井と別れてから変わったな」
一瞬肩が震えた。そうだった。この人は2年生の時も担任だったから私とブン太が付き合っていた事を知っている。でも今でもこの話題は私の中ではタブーだった。
「あ、別に丸井と別れたから良かったとかそんなんじゃねーからな?」
『はぁ…』
「お前等みたいなガキの頃はなぁ、いっぱい失敗して悩んで不安になって、いろんな経験をしていけばいいんだよ。そーゆーのが案外、将来に役立ったりするんだからよ」
俺も若い頃はお前らみてぇにがむしゃらに突っ走っていっぱい失敗したよ。と笑いながら言った。
「お前は夢ってないのか?」
『夢…?』
「目標でもいいぞ。みょうじが今一番やりたいと思ってる事…あるんじゃないのか?」
先生は机の引き出しから白い紙を一枚出してきた。それは私の進路希望調査だった。
「大概の奴はみんな内部進学ってかいてある。ただ、お前のは真っ白だ」
『!』
「お前が今やりたい事って…自分の中ではもう決まってるんじゃないのか?」
胸が熱くなった。やはり長い付き合いだけあってよく見ている。これは誰にも、親にさえ言えなかった事。私は先生を真っ直ぐ見た。
『私…』
あっという間に月日は流れ、いよいよ今日は卒業式だ。今日でこの制服を着る事もないんだなと思うと一気に寂しくなる。私は、県内の有名進学校である白蘭女学院に合格した。つまり、外部受験をして、エスカレーターで高校へ行くのを辞退したということだ。それは、あの進路希望調査を分けられた時からずっと迷っていた事だった。でもあの時、先生が後押ししてくれたから私はこうして合格することが出来た。すごく感謝してる。
式は案外あっという間に終わり、今はみんなで写真を撮ったり自由な時間だ。大概は内部進学なのであまり寂しくなさそうだ。うろうろしていると赤い髪が目に入った。一瞬目が合う。時間が止まったようだった。でも目を逸らされ、何もなかったかのように歩いていく。久しぶりに見たブン太は背丈が伸びていて、雰囲気も男らしくなった。そんなブン太の姿も、今日で見るのが最後。
みんなが帰っていく中、私はもうちょっと立海の校舎を見ていたくて、ちっちゃな蕾を宿した桜の木の下にいた。
「みょうじさん」
振り返るとそこには幸村君と仁王君がいた。
「久しぶりじゃの」
仁王君はクラスが別れてからあまり会えなかったから本当に久しぶりだ。
『元気だった?』
「まあな」
ああ、本当懐かしい。2年生の頃に戻ったみたい。幸村君のほうを見ると、少し深刻そうな面持ちで私を見ていた。
「みょうじさんはこのまま立海だよね?」
どきっとした。あの時と同じ台詞。幸村君はきっと全部分かってる。
『…違う。私、白蘭女学院に行くの』
幸村君と仁王君は悲しそうな表情をした。
「やっぱりね、あの頃から少し違和感を感じていたんだ。それで仁王とみょうじさんが仲良かったから、何か知ってるかなと思って聞いてみても何も知らないって言うし…もしかしたら立海から離れるんじゃないかなと推測してたんだけど…」
「まさか本当じゃったとはな」
『ごめん…なんか言い出せなくて』
「丸井にも言っとらんの?」
『うん。知ってるのは二人と先生だけだよ』
二人は目を丸くした。そりゃあびっくりするよね。女の子の友達にも何も言ってないんだから。
「まさかみょうじさん、みんなに何も言わないで離れるつもりだったの?」
『…私ね、ブン太から逃げたの。もうあんな思いしたくなくて。私は…弱いの』
「みょうじ…」
『なんかごめんね、勝手にいなくなろうとしちゃって…みんなには沢山迷惑かけたのに。でもこれが最後のお願い。絶対ブン太には私の高校を教えないで』
二人は納得いかないみたいで躊躇していたけど、渋々了承してくれた。
「分かった。ただし、ちゃんと俺達とは連絡を取る事。いいね?」
『うん、分かった』
それじゃあ、と言って幸村君と仁王君はテニスコートの方へ向かう。大事なテニス部を後回しにしてまで来てくれるなんて…ごめんね。
そして、ありがとう。