頭が真っ白になった。夢でも見ているのかと思ったが、やはり教室の机によしかかってキスをしているのは紛れも無いブン太と佐久間さんだった。一瞬私と目があった佐久間さんは青ざめて私の横を通りすぎてゆく。ブン太は私が入ってきた事に気づいて一瞬動揺したが、力なくフッと笑った。何よそれ…意味が分からない。

『なんで佐久間さんとキスしてたの…』

意を決してブン太に問い掛けた。するとブン太は今まで見たことがないくらい冷たい視線で私を射ぬく。

「お前のほうが先に仁王と浮気したんだろ」

『え…?何言ってるの?浮気なんて一度も「屋上で仁王と抱き合ってたのに?告白までされてよ」!』

私の目が大きく開かれたことにブン太は嘲笑うかのように口角をあげた。

「なんで知ってるのって顔だな。教えてやろーか。あの時仁王となまえの他にも屋上にいるやつがいたんだよ」

『う…そ…』

「お前1年の切原赤也って知ってるよな?そいつもたまたま屋上にいて、たまたまお前等の浮気シーンを目撃したんだとよ」

わざわざご丁寧にメールで知らせてくれてさ、可愛い後輩だと思わねぇ?
そう言ってブン太は携帯をひらひらと見せびらかす。携帯には私と仁王君がいかにも抱き合ってるような写真が表示されていた。

『…あれは違う!あの時は私が泣いてるのを慰めてくれてただけなの!』

我慢していた涙がこぼれ落ちた。胸が切り裂かれたように痛い。

「じゃあなんでいつも泣く時は俺を頼んねーんだよ!仁王に慰めてもらってよ、俺はなまえの何だったワケ?俺はお前の彼氏じゃねーのかよぃ!」


私の中で何かが切れた。


『ブン太が佐久間さんにずっと構ってたからじゃない!いつも楽しそうにしてて…ブン太だって人の事言えないじゃん!』

「なんだよ、なまえが泣いてたのは全部俺のせいって言いてーの?」

『ちがっ…そんなんじゃ』

「そういう事だろーが」

違う、違うの。私はただブン太にもっと構って欲しかっただけなの。どうしてこんなにも伝わらないのだろう。会話が思い通りにならなくて、すごくもどかしい。


「もういいわ。なんか疲れた。俺達結局合わなかったんだよ。だからさ…」


別れよーぜ。



呆然とその言葉が重くのしかかった。鋭い痛みが身体を貫くようだ。


『…やだ、やだやだやだ!私はブン太が好きなの!ずっと一瞬にいた「そーいうのさぁ、」


「重いんだよ」





ぐしゃり。私の中で何かが潰れてしまった気がした。まるで心臓がえぐられているかのようで、息ができなくて、生きた心地がしなかった。










ブン太は何も言わずに教室からでていった。私はその場にうずくまり、声をあげて泣いた。もう慰めてくれる人はいない。危害を加える女の子から守ってくれることももうない。私の大好きなあの髪も無邪気に笑うその笑顔ももう手に入らない。すべては花のようにはかなく散っていった。私はこの先、どうやって生きていけばいいのだろう。







その日、どうやって家に帰ってきたかは覚えていない。ただ無心で歩いて、お母さんの言葉も無視して、すぐにベッドにうずくまった。目を閉じるだけでブン太の笑った顔が浮かび上がる。涙が止まらない。ご飯も咽を通らない。好きなのに、どうしてうまくいかないんだろう。

『ブン太ぁ…っ』



お母さんはそんな私を心配してか、何も聞かずに一週間学校を休ませてくれた。きっと私が何も話さない事を分かっていたんだろう。ありがとう、お母さん。


一週間も休むと、たいして仲も良くない女の子からもメールで心配してくれた。仁王君は毎日メールをくれた。大丈夫か、とか、丸井から聞いた。俺のせいでごめん、とか。とにかくいっぱい。仁王君、あなたのせいじゃないよ。きっと仁王君は自分の責任だと責めているのだろう。私は仁王君のお陰でたくさん励まされた。逆に私がごめんって言わなきゃいけないのに。

いつまでもこのままじゃ駄目だ。そう決心して一週間ぶりに着る制服に袖を通した。



(赤也はブン太に彼女がいるのは知ってたんだけど、いまいち顔と名前が一致しなくて、偶然屋上でサボっていた時に出くわした慰めシーンを見て、「うわっ!仁王先輩カノジョいたんだ!丸井先輩に知らせなきゃ!」的な感じで勘違いをしていたという赤也性善説を説いてみた←)