神の子?冗談でしょ?
まるで待ち伏せしていたかのようにジャージを肩にかけてニコリと微笑む幸村君に背筋が凍った。
『なんで…』
「赤也の彼女である長谷川さんの親友はみょうじさん。では赤也が長谷川さんにチケットを2枚渡すとしたら…」
ごくっ。いきなり顔を近づけてきた幸村君に驚いて生唾を飲んだ。
「長谷川さんは絶対に親友のみょうじさんを誘うよね?」
やられた。おかしいと思ったんだ。何故切原君が香織だけにチケットを渡さなかったのか。去年切原君が試合に出た時、香織は一人で応援に行っていた。多分その時切原君は一枚しかチケットを渡さなかったから。恐らく幸村君が「いくら長谷川さんでも一人で試合を見に来るのは心細いと思うけどな。どうせならもう一人よんであげたら?」ってな感じで切原君を上手いこと誘導したのだろう。その光景がリアルに浮かんで怖い。
それよりも、
『なんで私を呼ぶ必要があったの?まさか、また私を試してるんじゃないでしょうね!』
「へぇ。そんな言い方するんだ。あの日ホテル代も払わずに帰った人が」
ぐっ!そう言われると返す言葉がない。そんなに根に持ってんのかよあの日のこと。ホテル代半分出すから…と小声で言うと、幸村はいらないよと即答した。
「冗談だよ。今回は俺がみょうじさんに試合を見てもらいたかっただけ」
怪しい…とじろじろ幸村君を見ていると、幸村君は苦笑いをした。
「本当可愛くない奴。俺がせっかく誘ったんだから嫌がらずに楽しんでいきなよ。全国No.1のテニス、見せてあげるから」
目が合った瞬間ドキッとした。幸村君の目は今まで見たことがないくらい輝いていた。自信に満ち溢れたその顔に目が反らせない。
『どうせ暇だから見てあげてもいい…』
素直じゃないねと笑いながら幸村君はテニスコートに入っていった。
『何なのよあいつ…』
脅してきたり優しかったり本当なんなの。私の心臓をこれ以上掻き乱さないで欲しい。体が…熱い。
「遅かったじゃない。迷子にでもなった?」
『違うし!』』
観覧席に行くと、香織はちゃっかり一番前のベストポジションを陣取っていた。流石だねと言うと、香織は当然でしょと対して喜びもしなかった。
幸村君が糸目の人と…何故か同じユニフォームを着た監督?みたいな人と話しているのが見えた。3人とも真剣に何か話し合っている。作戦会議かな。幸村君が羽織っているジャージが風に靡いた。あれ落ちないのかな。あ、ちょっと直した…ってなんで目が自然と幸村君のほうにいくんだろう。まるで意識してるみたいで嫌だ。心臓の鼓動が鳴りやまない。どうしちゃったの、私。なんでこんなにドキドキしてるの。
「どうしたの?」
『えっ?』
「もう試合始まるわよ」
そう言った瞬間、お願いしまーす!と試合が始まる合図が聞こえた。
『…ありえない』
試合を見終わった私にはありがちな言葉しか出てこなかった。立海の勝利により周りの歓声はさらに大きくなっているはずなのに私には何も聞こえない。唯一聞こえてくるのはさっきよりも数倍早くなった自分の心臓の音。それはもう死んじゃうんじゃないかってぐらい速い。幸村君はまるでボールの動きを読み取るかのようにコート上を動き回り、自由自在にボールを操っていた。そのくせ見たこともないくらいきらっきらした顔をしていたものだから私はいつの間にか幸村君の作り出す空間にのめり込んでいた。今まで全く関心のなかったテニスど素人の私にでも分かる。…幸村君は、すごい。
「さすが幸村君ね。中1から今までずっとレギュラーなんだって。王者立海の部長だし、ただ者じゃないとは思っていたけど…」
『………』
幸村君が築き上げてきた栄華は知らない人がいないんじゃないかってくらい有名な話だ。ミーハーな友達からそんな栄華物語を聞いているうちに、私は幸村君のことを異名の通り神の子なんだと、まるで自分達人間とは掛け離れた特別な存在なんだと思っていた。確かに顔が良くて勉強も出来てスポーツ万能てきたら神の子と言われても不思議ではない。でも実際に彼のテニスを見ていると、栄華を築く為にしてきた血の滲むような努力、テニスへの情熱、そして一緒にプレイしている仲間を大切にしている事がひしひしと伝わってきた。ああやはり彼も人間なんだと…今更ながら感じた。
ふとコートを見ると、相手の部長と握手をして戻ってくる幸村君と目が合った。嬉しそうに微笑んで手を振る幸村君を見て、私もつられて笑った。心臓の鼓動は速まるばかり、でもこの雰囲気はとても居心地がいい。
Dear!Dear!
(!)