一体どういうことなの?


何これ……ちょっ…何これ何これ!!意味わかんないんだけど!確か私、さっきまで香織と居酒屋で飲んでいたはずなのに…



なんで隣に男が寝てるのよ!!



しかもかなり見覚えあるんだけど…男なのに雪のように白い肌、女のように長い睫毛、程よくついた筋肉、そして綺麗にウェーブがかった蒼い髪…それはまさしく私が通っている立海大学じゃ知らない人がいないってくらいの有名人、幸村精市だった。




…嘘でしょ。





一応確認しよう。ここは…ラブホテルだよね?うん、やっぱりね。そうだよね。だって私達裸だし下着はそこら辺に散らばってるし。…もしかして、アルコールの勢いで…シちゃった?私こんなに軽い女だったっけ?いやいやでも、本当に何も覚えてない。あれからどうやってここに来たんだろう?どういう経緯でこうなったんだろう?しかもどうして相手は幸村精市なんだろう!確か私とあなた、一度も関わった事ないですよね?






訳が分からなくなって頭を抱えながらうんうん唸っていると、寝ていた彼がモゾッと動き、シーツにくるまっていた綺麗なお顔が現れた。


「ん……あ、起きたんだね、みょうじさん」

『ぎゃっ!』

「今更何を怯えてるんだい?昨日はあんなにすごかったのに」

『!』

まじか。まじなのか。本当にしちゃったのか、この学校一モテる男と。ん?って事は…私めちゃくちゃやばいじゃん!万が一アルコールのせいで誤って幸村精市とヤっちゃったって誰かに知られたら…虐められるどころじゃ済まされない!噂では他校にも幸村君のファンクラブがあるって聞くし、うちの大学のファンクラブ会長はかなりおっかないらしい。まずい、この状況は非常にまずい。とりあえずこの人に口止めしなければ…!


『あ、あの〜…』

「ん?」

『昨日とはどういう…』

私が恐る恐る尋ねるとシーツを纏いながら妖艶に微笑む幸村君は眉をピクッと動かして真顔になった。心なしか気温が一気に低くなった気がした。

「…もしかして覚えてないの?」

『…ハイ』

「…あんなに俺を弄んだのに?」

『……(弄んだ…?!)』


やばすぎる。弄んだって何?男に主導権を握らせないほど私は乱れていたって事?しかも覚えていないなんて質が悪すぎる!


『………』

「………」

『…す』

「す?」

『すいませんでしたぁぁぁ!!』

「…」

『……』

「………クッ」

『…?』

「ククッ…アハハハハハッ!き、君、羞恥心とかないの?」

現状況。ベッドの上に服を身につけていない女が同じく下着一枚の男に向かって土下座。なんともシュールな光景。羞恥心?あるに決まってるじゃん!死ぬほど恥ずかしい。駄目だ、私今、茹蛸よりも顔赤い自信ある。


「クッ…はー、笑った笑った。もういいから顔をあげなよ」

『いいえ、そういう訳には…』

「なんで?」

『ゆ、幸村君に頼みがあって…』

まだ続ける土下座を見て再び幸村君は豪快に笑い出した。美しい幸村君のイメージが一気に崩れ落ちたよ。


「ハハッ君は将軍に謁見する武士なの?何、俺将軍?ちょ、もう笑わせないでよ…ククッ」

『ハハハ…』

「で、頼みって?」

『あの、失礼だとは思うけど、この事はなかった事にしてくれない…?』


シーン。さっきまで笑い声が響き渡っていた部屋が一気に静まり返った。


「どうして?」

『私、こうなった経緯とか覚えてないし…付き合っていない人と身体を重ねるのは道理に反すると言うか…』


部屋に沈黙が走る。それを聞いた幸村君は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。

「フフ…それもそうだね」

『え?』

「確かに好きでもない人と身体を重ねた事が噂になると俺の評判が悪くなるし、今更責任をとれと言われても困るし、逆にそうしてくれるほうがありがたいよ」


カッチーン。あれ、なんだろう。自分から言い出した事だけどなんかムカつく。幸村君は自分の事しか頭にないのか。いや、自分の事しか考えていないのは私か。言い返したくても出来ないもどかしさで複雑な気持ちになる。苛立ちを抑えられず、キッと幸村君を睨みつけると、幸村君はちっとも動じず、私を見下すような視線を送ってきた。


「何で俺が睨まれなくちゃいけないの?提案してきたのはそっちだろ?じゃあ先にシャワー借りるから」

そう言って幸村君はシャワーを浴びに行った。


何あいつ…確かに提案したのは私だけどあんな言い方しなくてもいいじゃない!あの物腰が柔らかそうなイメージは嘘なの?さっきまでめっちゃくちゃ笑ってたのにあの変わり様は何!最低!こんな所早く出て行ってやる!あんな奴とヤっちゃったなんて有り得ない!信じたくもない!


本当はなかったことになんてしたくなかったわよ。私が目を覚ました時、幸村君は寝ていたけどしっかり私の事を抱きしめていてくれたし、ご丁寧に腕枕までしてくれていた。その温もりが私の枯れた心を満たしてくれていたのは嘘じゃないし、少しドキドキしたわよ。でも幸村君は特別な人間。恋愛だけに時間を費やしている私みたいな人とは釣り合わないと思った。だからなかったことにしようと思ったのに…



私は急いでベッドの周りに散らばっている下着や服をかき集め、急いで着替えて部屋を後にした。こんなんだったら先にシャワーを浴びれば良かった。汗ばんだ肌が気持ち悪い。


カツカツとヒールを響かせながら早足で駅を目指す。今日一日でいろんな事がありすぎた。彼氏に振られて、香織と飲んで、経緯も分からないまま幸村精市と夜を共にして…もう頭の中がくちゃぐちゃ。振られたという悲しさよりも幸村への怒りや悔しさで涙が込み上げる。

ごめん、やっぱりポジティブとか嘘。一日で気持ちが切り替われるほど私は大人じゃない。だから今日だけは泣いてもいいよね…?


I hate being alone.
(一人ぼっちは大嫌い)

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