仁王が屋上から出て行った後、私はフェンスからテニスコートを見ていた。パコーンパコーンとラリーが続く音が聞こえてくる。流石は王者立海と言ったところか、レギュラーは勿論、平部員までがサボる事なく生き生きとボールを追いかけている。その頂点に君臨するのがあの精市って訳で…さっきからジャージを羽織りながら部員に指示を下す姿は昔の面影などなく、"部長"の背中をしていた。ああーもう嫌だ嫌だ。またくだらないこと考えちゃう。ふと目線をずらすと、そこにはさっきまで一緒にいた銀髪の男が赤髪の男子と試合をしていた。仁王。いつもはフラフラしてるのに、コートに入るとあんなに生き生きするんだね。あんたもテニス、好きなんだね。不覚にも仁王がブレザーをかけてくれたことに少し胸がきゅっと締め付けられた。

『何なのあいつ…』

そのまま私はゆらゆらと風になびかせる銀髪をただぼーっと見つめていた。私に向けられた精市の視線にも気づかずに…。


***


柳side

「おーい、幸村くん」

「…え、あ、丸井か。どうかした?」

「いや、さっきからぼーっとしてるからさ」

「ああ、ちょっと考え事をしていたんだ、すまないね」

「ならいいんだけどよ…」

…これで4回目だ、精市が屋上を見上げるのは。恐らく精市の視線の先にはみょうじがいるのだろう。精市がテニスそっちのけになるのはみょうじ絡みの時だけだ。そんなに気になるのなら気持ちをぶつければいいものを…と思いつつしっかり幸村の様子をノートに書きこんでいる時、丸井が赤也に話しかけている声が聞こえた。

「なーんか今日の幸村くん変だな。仁王もさっきからすげーテンション高いしよ」

「まじすか。いつもなら暑いー死にそうじゃってだるそうにしてるのに」

「もう俺、仁王の相手すんの疲れたぜぃ。赤也お前代われ」

「えー!嫌っスよ!」


仁王が上機嫌?珍しい。俺は手に乗せたノートをパラパラとめくった。…もしかしてみょうじ絡みの事ではないだろうか。俺のデータによると、今日みょうじは一日中屋上にいたはず(どうやって情報を得たかは企業秘密だ)。そしてそこに仁王が偶然向かった確率95%…二人はきっと…いや、確実に接触している。さっき部室に行った時、仁王のブレザーが机の上にあったので皴になるだろうと思い仕方なくハンガーにかけてあげようとしたら、いつもの仁王の香水の匂いではない女らしい香りがした。あれがみょうじの香りだとしたら辻妻が合う…。屋上に目線を向けるとみょうじはまだテニスコートを見つめていた。視線は…太陽の光に反射した綺麗な銀髪の元へと向けられていた。精市、そろそろ行動に移さないと取り返しのつかない事になるぞ。俺はお前のそばでみょうじが好きだという事をずっと見てきた。はっきり言ってお前とみょうじが相思相愛だという確率は83%だった。だが今、その確率は覆されようとしている。精市、お前はまだみょうじが好きなのだろう?このままだとみょうじの心は…仁王に揺らいでしまうかもしれないぞ。