よっかめ

テニスコート付近の木にとまる蝉のざわめく声が一瞬止んだ気がした。さっきまで蝉が煩いなと思っていたのにまるで聴覚が奪われたように何も聞こえない。唯一聞こえたのはなまえが発した"精市は本当に私がすき?"という言葉だけ。なまえは頬を光らせて走り去って行った。追いかけなきゃいけないと分かっているのに動かない身体。まるでイップスにかけられたように…別に大したことじゃない。恋人達の間ではよく言われている言葉じゃないか。ただ、俺はいつもなまえの事ばかり考えているし、なまえを愛してるのにそんな言葉を突き付けられたからショックだっただけだ。こんなに好きなのに何処になまえを不安がらせる要素があった?不安にさせたくないのに。しばらくその場に立ち尽くしていると誰かが俺の肩に手をかけてきた。精市がみょうじの事で悩んでいる確率94%と言いながら。蓮二かと言うと、あくまでも王者立海の部長が恋に現を抜かしているとは感心しないなと嫌味ったらしく言われた。いつもなら練習量いつもの2倍ねと言えるのに今日は言い返す気分にもなれなかった。そんな俺を見て蓮二も重症だと察したようだった。「お前はマネージャーと仲がいい。」

唐突に蓮二は言葉を吐き出した。

「さっきお前は差し入れを持ってきたマネージャーが転びそうになるのを助けていたな。あの体制は違う角度から見るとマネージャーがお前に抱き着いているように見える。もしそれがみょうじの目に入ったとしたら…」

蓮二が言い切る前に走り出した。やっぱりなまえを不安がらせたのは俺じゃないか。俺がショックを受けてどうするんだよ。なまえが一番ショックを受けているはずなのに。夏休みだからだろうか、馬鹿でかい校舎にはあまり人気がない。なまえの下駄箱を見ると、彼女のローファーがあった。恐らく教室にいるだろう。案の定なまえは教室にいた。窓を開けて、テニス部が練習しているところを眺めている。俺は勢いよくなまえを後ろから抱きしめた。最初は驚いていたが、俺だと分かった瞬間離してとじたばたと暴れる。嫌だ。離してやんない。離してなるもんか。

「さっきマネージャーと俺を見てたんだろ…?マネージャーが転びそうだったところを俺が庇ったんだ。なまえは俺とマネージャーが抱き合っているように見えたんだろ?ごめん…なまえを不安にさせて。俺はお前が世界で一番大好きだ。絶対にお前を離さない。」この気持ち…

ね、分かってくれた?
(言葉では表せないほど大好きなんだ)


(20110126)