幸村先輩に言われたまま俺はB組の教室の前にいた。ドアから少し覗いてみると…いた、あいつだ。みょうじなまえと言われるそいつはぼーっと窓の外を眺めていた。
(何見てんだろ・・・)
俺は意を決してドアを開けた。みょうじなまえはドアの音で振りむいて俺を捕らえた瞬間ぽかんとした表情だったが、思い出した様子で話しかけてきた。
「あ!君はあの時の…………ワカメ少年!」
「んだとこらっ!」
みょうじはふふふと笑って俺のほうに近づいてきた。
「怪我はもう治った?」
「え?」
「ひーざ」
みょうじは俺の膝の部分を指差す。そういや怪我した事忘れてた。
「ん、あぁ、大丈夫」
「それは良かった」
おっといけねえ!怪我で思い出した。こいつにハンカチ返さなきゃなんねえんだ。
「お、おい。これ貸してくれたハンカチ…」
「あー!わざわざ洗ってくれたの?あげるって言ったのにー」
「さすがにそこまでは駄目だろ!」
「えー別にいいって!」
「いや、俺の気がすまねえから(早く返さねーと幸村先輩に殺されちまう!)」
そっかーと顎に手を当てて納得するみょうじ。
「わざわざありがとねー」
「おう」
ハンカチを無事返して俺は部活に戻ろうとしたが、何か引っかかる事があった。なんだっけ・・・必死に頭を悩ませていると、いきなり悪寒が襲ってきた。これは・・・もしや!
(借りたものは利子付きで返す、これが礼儀だ。)
幸村先輩のあの一言が脳裏に過ぎった。俺はこのまま何もせずに帰ることだってできる。でもそれは俺の命がないことを意味する。みょうじと幸村先輩は幼馴染って言ってたから、幸村先輩はそういえば赤也から何かしてもらったかい?とでも聞くんだろう。あーどうしよ、まじやばいだろこれ!
「どうしたの?部活戻らないの?」
「あぁ、も、戻るぜ」
「そう?私もそろそろ帰ろうかなー」
「送る!」
「・・・え?」
「だから家まで送る!」
何言ってんだ俺!勢いに任せて言っちゃったじゃねーか!絶対みょうじは引いてる。あーもう俺駄目だ!
「ほんと!?」
ん・・・?目の前には目をきらきらと輝かせているみょうじがいた。
「ほんとに送ってくれるの!?」
「お、おう」
「良かったー!通学途中の道にすっごい怖い犬がいて一人で帰るの怖かったからちょうどよかった!ワカメ少年なら守ってくれそうだし安心!」
「ワカメ言うな!ちっ、もう少しで部活終わるから、それまで待ってろよ」
「おっけー!」
俺は廊下を駆け抜けてテニスコートへと向かう。とりあえず俺の利子は気に入ってもらえたようだ。いきなり浮かんだ"送る"ということがこんなに喜んでもらえるとは思わなくて驚いたけど、嬉しそうにしているみょうじを見たら自然に頬が緩んだ。
切原赤也、初めて女子を送ります!
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(た、ただいまっス!)(お帰り赤也、なまえと帰るんだって?)(え、なんで知ってるんスか!)(なまえからメールが届いてたんだよ)
(20110207)