場所を移動しようという幸村先輩の提案で、昔よく8人で通っていたファミレスに行くことになった。丸井先輩や仁王先輩は相変わらずで、注文し終わったと同時にドリンクバーへ走っていった。いつもだったら俺も便乗して行っていたけど、今日はそんな気分になれず、おとなしくつがれた水を流し込んだ。

「あーかや」

「うわっ!幸村部長!脅かさないでくださいよ」

危うくコップをひっくり返しそうになった俺を見て、幸村部長は悪気もなくごめんごめんと笑う。でも、笑っていたのはほんの数秒で、すぐに真顔になって俺を見ていた。


「赤也さ、最近無理してるんじゃない?」

「幸村部長…」

「こらこら、俺はもう部長じゃないよ。今は赤也が部長なんだから」

「でも俺、部長としてやってける自信ないっス…」

そういうと幸村部長はふふっと笑った。

「な、なんで笑うんスか!人が真剣に悩んでるってのに!」

「ごめんごめん、何だか昔の俺を見ている気がしてね」

「冗談言わないでくださいよ。部長はこんな俺みたいに出来が悪い人間じゃないでしょ」

だって、幸村部長はいつだって完璧だった。そんな人が俺とかぶるだなんて、そんなのは…ありえない。俯く俺を見て、幸村部長は静かに言った。

「赤也は俺を何だと思ってるんだい?俺だって人間だし、ただの中学生だよ。悩み事の一つや二つはあった。俺はこう見えても意地っ張りでね、学校では辛い面を見せないようにしていただけだよ。まぁ、蓮二や弦一郎にはバレてたみたいだけどね」

いつも笑ってたから余裕そうに見えてたでしょ?と部長は笑いながら言った。


「辛いのに、どうしていつも笑ってたんスか?俺には出来ないっスよ…」

「そんなの簡単さ。俺の周りにはみんなや…赤也が傍にいてくれたからだよ。俺もね、昔は俺が部をまとめなきゃって一人で空回りしていたんだ。そんな俺を見ていられなくなったのか、ある日蓮二や弦一郎が俺の机の上に一冊のノートを置いていったんだ。そこには練習メニューやタイムテーブル、それに各部員の改善点などがまとめられていた。多分二人で交代しながら書いてくれたんだと思うけど、弦一郎が担当のページはいつも筆ペンで書いてあってね。笑っちゃうだろう?でもそれを見て、俺は一人じゃないんだと思ったよ。周りの人も頼っていいんだと。そう思ったら心の中のわだかまりが取れたみたいに軽くなって、自然に笑えてた」


副部長が正座しながらノートを書いているところが簡単に想像できて思わず笑ってしまった。幸村部長は笑いながら語ってくれるけど、きっとその当時はものすごく辛かったんだろうな。やっぱり先輩は俺の尊敬する人だ。


「赤也にも、周りに仲間が沢山いるだろう?仲間を頼ってみてもいいんじゃない?むしろ、仲間のほうが赤也に頼ってもらうのを待っているかもしれないよ?だからさ、その人たちを大切にしなきゃ」


自然と、声をかけてくれた平部員やレギュラー達の姿が浮かんだ。あいつら、俺を気遣ってくれたもんな。それにここにいる先輩達。みんな俺の事をなんだかんだ言いながら心配していたから今日様子見に来てくれたんだよな。そう思うとまた胸が熱くなって涙が出た。

「あー!また赤也が泣いてるぜい!」

「む!幸村!何かしたのか!」

「フフッさあね」

「泣き虫さんじゃのー赤也は」

「う、うるさいっスよ!」


その後、部長は困った時はいつでも頼っておいで、と言って俺の頭を優しく撫でてくれた。その言葉で一気に心の中のもやもやが晴れていった気がした。先輩。俺、まだ時間はかかると思うけどいつか幸村部長みたいになりたい…いや、なります。来年は俺達が青学から優勝旗を取り返すんで、期待してて下さい。本当に、先輩達を尊敬しているし、大好きです。だから今は、今だけは、先輩に甘えさせてください。




***




ぎゅっと靴紐を結び、幸村部長から受け継いだヘアバンドをつけて俺は気合を入れてテニスコートに足を運んだ。昨日の泣き虫な俺は先輩に預けてきた。今日からは新生切原赤也だ。ぐっとラケットを握りしめ、コートに入った。

「あ、切原部長でヤンスー!ちょっとツイストサーブの構え、見てください!」


今は俺が部長だ。俺がテニス部を引っ張っていく。でも俺一人じゃない。周りを見渡せば、みんながいる。みんなで新しい立海附属中テニス部を作っていくんだ。昨日は最後まで幸村部長と呼んでいたけど、次会うときはちゃんと幸村"先輩"って呼ぼう。それが何よりの恩返しだと思うから。


「今行く!」














 新部長の葛藤


20120930
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