※not夢


「次は赤也の番だ。俺達が成し遂げることが出来なかった全国制覇、今度こそ成し遂げてほしい」


そう言って幸村部長はアイデンティティの一つであるヘアバンドを俺に渡した。あれから数ヶ月。俺は相当気が滅入っていた。







「おい1年!来るのおせぇよ!ペナルティとして校庭30周な!」

「なんでこんな球も取れねぇんだよ!そんなんじゃいつまでたっても試合になんか出れねぇぞ!」

「…お前等本当にやる気あんのか!?」


目の前には無数のテニスボールと共に息切れしながら倒れこむ部員達。顔色が悪い奴が何人もいる。そこで俺はふと我に返った。しまった。またみんなを…。体調を崩せば元も子もないのに。同学年の部員にも「少しはみんなの体調の事考えてやれよ」と言われた。分かってる、分かってるよそんな事。でもそれならどうしろって言うんだよ。幸村部長達が抜けた穴はとても大きい。その穴をいかに埋めるか。そう考えるとやっぱり他の部員たちに強くなってもらうしかない。だから心を鬼にして、厳しくやってるというのに。


「おい赤也ー、準レギュラーや平部員はどうするんだよ?」

…やべっ、考えてなかった。レギュラーの練習で頭がいっぱいだったせいか、そこまでいきとどいていなかった。動揺していると、パタパタと走ってくる音が聞こえてきた。

「俺等も1年の球拾い手伝うからさ、気にすんなよ赤也!」


わりぃと俺が謝ると2年の平部員達はニカっと微笑んで1年生がいるコートへ走っていった。あいつらの微笑んだ顔を見るたびに胸が痛くなる。指導するものは視野が広くなければいけない。でも俺は、未だに周りに目が届いていなかった。練習メニューを考えることだけでも精一杯なのに、後輩の指導もしなければならない。だからと言って自分の練習はもちろん疎かに出来ない。こういうときこそ、先輩達の偉大さがひしひしと伝わってくる。俺が唇を噛み締めて俯いているのに気づいたのか、赤也は無理をしすぎだとレギュラー部員達に言われ、しばらく休憩することになった。


俺は部室に一人こもった。さっき水道で顔を洗ったからか、顔からはぽたぽたと雫が落ちていく。でも何故かしょっぱい。あぁ、そうか。俺、今泣いてるんだ。


当時2年の中では俺だけがレギュラーだったから、俺がみんなを引っ張らなきゃ、幸村部長みたいにならなきゃとずっと思いながらやってきた。でもやっぱり駄目だ、俺には部長はむいてねぇ。俺には、この大人数の部員達を統括する力なんてない。こういう時、先輩達はどうしてたんだろーな。いつも食い意地ばかりはっていた丸井先輩。でも先輩の明るい笑顔が大好きだった。そんな先輩の尻拭いをするジャッカル先輩。先輩には沢山おごってもらったな…ジャッカル先輩の優しさにいつも救われていた。ペテン師と異名をもつ、つかみどころがない仁王先輩。可愛がってもらったなぁ。仁王先輩よりも詐欺師が向いているような柳生先輩。テスト前になると必ず英語でお世話になっていた。常にデータを集めて策を練っていた柳先輩。俺の一番の理解者であり、最後に俺なんかとダブルスを組んで貰えて本当に嬉しかった。いつも鉄拳に「たるんどる!」と罵声をあげていた真田副部長。正直あんたの事最初は嫌いだった。でも部のためであり、俺のために鬼になってくれたんだよな、今なら副部長の優しさが分かる。そして何より、難病を克服し、誰よりも常勝を掲げて部全体をしきっていた幸村部長。顧問やコーチがいない中、部長が練習メニューを決めて、自分の練習よりも俺達部員の練習を優先していて、でも誰もいないところで遅れを取り戻すために頑張っていた部長。

やはり先輩達はひとりひとりがとても偉大だった。それに比べて俺は。いつも先輩に甘えてばかりで、先が見えていなくて、子供で。俺は先輩達みたいに器用で頭がいい奴じゃねーんだ。出来ることなら、先輩達がいたときに戻りてぇよ・・・




いつの間にか部活終了時刻になっていて、挨拶をして部活を終えた。俺は制服に着替えてから全員が部室から出たことを確認して鍵をかける。そのまま帰ろうとした時、


「あーかーやー!差し入れもってきたぜぃ!」

「久方ぶりだな」

「頑張ってるかのー?」

「真田がどうしても様子を見たいっていうから来てみたんだよ」

「むっ!何を言う幸村!俺は…!」

「まぁまぁ落ち着けって」

「おや、どうかされましたか?切原君」



なんでこんな所にあんた達がいるだよ。もう引退したはずだろ。もうすぐ試験とかあるんだろ。こんな所に来てる場合じゃねーだろ…駄目だ、目の前にいる先輩達がぼやけちまう。こんな格好悪いところ、出来れば見せたくなかったのに。うっうぅと涙を拭う俺を見ると、真田副部長は男が泣くなどたるんどる!と怒鳴りながらも、すっとハンカチを差し出してくれた。相変わらず懲りないっすね。でもその時俺は真田副部長の喝を貰えてとても嬉しかった。あぁ、やっぱり先輩が大好きだ。

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