夏も終わりかけの8月下旬。普通なら家でゴロゴロアイスを食べているはずなのに。それなのに私は今、大学の講義の真っ最中である。あー、なんで夏季集中講義なんかとってしまったんだろう。一週間の集中講義で2単位貰えるのはおいしいけれど…
『一日中とかないわ…』
外も薄暗くなってきて残り一時間となった頃。つまらない講義を聞き流してスマホをいじっていると、ジャストタイミングでメールを受信した。
『は…?』
メールの差出人は中高と所属していたテニス部の部長、幸村精市だった。彼が統括するテニス部のマネージャーをしていた私は、よくこいつにいびられたりパシられたりであまりいい思い出がない。メールの内容も嫌な予感がして開くのも気が重い中開いてみると、
「今日大学にいるんだよね?何時に終わりそう?迎えに行くよ。メールシカトしたりばっくれたりしたら、どうなるか分かってるよね?」
やはり悪い予感は的中。最後の文章とか脅迫文じゃないか!てかなんで私が集中講義受けてること知ってるの!突っ込みたいところだが、命が惜しいので急いでキーパットに指をすべらせた。送信完了の画面にふぅーと溜息をもらす。久しぶりに連絡をよこしてきたと思えば一体何を考えているのだろうか。高校を卒業してからずっと連絡がなかったのに。幸村の考えることはよく分からない。カチャンと、手に持っていたシャーペンが床に転がった。
「外で待ってるよ」
そんなメールがきたのは丁度講義が終わりを告げるチャイムが鳴った頃。どんだけジャストタイミングなんだよ、と急いで筆箱とルーズリーフを鞄に入れて教室を飛び出した。正門をくぐるとそこには一台の車。
「やあ、久しぶりだねなまえ」
『いきなりメールよこしてきて、なんなの!』
「つれないなぁ。いいから早く乗って」
言われるがままに彼の隣である助手席に乗り込んだ。高級感のある革の匂いとホワイトムスクの芳香剤がふわっと鼻を燻る。こいつも同じ大学生なのにどうしてこんな高そうな車を乗り回しているのだろうか。金持ちか、金持ちなのかこの野郎。
そんなどうでもいい事を考えているうちに車を発進させた幸村。ちらっと運転する姿を見る。免許を取って一年もたっていないはずなのに姿勢はとても慣れたもので、悔しいけれどかなり大人っぽくて、色っぽくて…かっこいい。
「あんまりじろじろ見るなよ」
『なっ!』
「そんなに俺に見とれてた?」
『ば、馬鹿!』
ぶわっと顔が熱くなる。そんな私を見て幸村はクスっと笑う。
「相変わらずだね、なまえは」
そうやって私をいじって楽しんでる幸村だって相変わらずじゃない。そう言うと幸村はそれもそうだね、と笑った。
「俺、なまえのテンパってるところとか、顔を真っ赤にしてじたばたしてるところとか、好きなんだよね」
─だからやめられない。
前に向けていた視線が、一瞬だけ私に注がれる。不覚にも…ときめいてしまった。なんなのよ、その色気。ほんと…
『…ドS』
きっとさっきよりも顔を赤らめてうつむく私を見て幸村はとても嬉しそうだった。ほんと、ほんとにドSすぎる。
『てか!これどこに向かってるの?』
「まだ秘密」
秘密って!街灯が減ってきている気がするのだけど。ほんとにどこに連れて行かれるんだ。周囲の風景を見ていると、急に山のふもとで車が停まった。
「今からこの山道を登るよ」
『え!?だ、だめだめだめ!ここかなりやばいって!』
もうやばいどころじゃない。だってこの道…絶対ホラースポット!
『こんなやばいところを歩いて登るとか…馬鹿じゃないの幸村!』
「俺は別に歩きでもいいんだけど。何?なまえは歩いて行きたいの?」
『へ?』
「歩いてのぼるわけないだろ?なんのための車だよ。」
…そう言われて赤面したのは言うまでもない。
『ぎゃーーーー!!!ほんと馬鹿!あほ!まぬけ!なんでこんな細くてカーブ連続の山道をスピード出すの!!死ぬ!助けて!』
「うるさい。耳元で騒ぐな。そんなに怖いなら、目閉じてればいいだろ?」
言われた通りに目をぎゅっと閉じた。景色は見えないけどスピードは相変わらずだしぐねぐね曲がるしもうほんと泣きたい。幸村はこんなホラースポットに連れてくるために私を呼んだの?もしかしてこの怖がる姿が見たかっただけなの?あぁ…ほんとに泣けてきた。
「はい、着いた。目あけて」
おそるおそる目を開けてみた。
『…!』
山頂から見えるのは、今まで走ってきたネオン街がゆらゆら、きらきら、輝いている景色。
「綺麗でしょ。この夜景スポット、サークルの先輩から教えてもらったんだけど、来てみて正解だったね」
どうしよう。私、今すごく感動してる。私たちが住む街は、こんなに光が溢れていて輝いていたんだ。その小さな光はたとえるなら星空。上を見ても下を見ても、暗闇の中に無数の小さな光が輝いていて、広がっている。くだらない夏季集中講座でも受けていてよかった。幸村についてきてよかった。つまりは大げさだけど、生きていてよかった、そう思えた。
『ねぇ、なんでいきなり私を連れてきたの?』
「なまえと一緒に見たかったから」
『ま、まぁこんな綺麗な夜景も見れたし私の怖がってるところも見れたし幸村にしては一石二鳥よね!あはは!』
綺麗な夜景をバックにしては似つかわしいくらい大げさに笑うと、幸村は呆れたように溜息をついた。
「お前、まだ分からないの?やっぱりその頭についている脳みそはかざりなの?」
『は、はぁ!?何よそれ「そんなの、好きだからに決まってるだろ」
今、隣にいる彼はなんて言った…?
『す、好き…?』
「今までは部活が俺の中で最優先だった。だからずっと言わなかった。いや、言えなかったんだ。でも、もういいと思って。俺…なまえが好きだよ。中学生の時からずっと」
駄目だ。頭がついていかない。幸村は、私が、好き?中学生の時から?
「大体好きでもない奴に構ったりするほど俺は出来た人間じゃないし、こんな所、なまえじゃなかったら連れてこなかったし、車にも乗せたりしない」
そんなの…分かるわけないじゃない。
『馬鹿じゃないの。ほんと幸村は馬鹿だね!高校卒業してから、ずっと連絡くれなかったじゃない!いつかメールか電話がくるんじゃないかと、講義中も、集中講義もスマホいじってて集中出来なかったし。なのにいきなりメールが来て、脅迫されるし!それからずっとそわそわして、結局集中出来なかったし!単位落としたらどうしてくれるつもり?責任とってよ!好き?中学から?幸村は私にいじわるばっかりしてたじゃない!あんたとの思い出なんて、苦い思い出しかないのに!なのに…ほんと責任とってよ…!』
自分でも支離滅裂な事を言っていると分かる。でも、それ以上に幸村の言葉に衝撃を受けすぎて。だって…好きだなんて素振り、ずっと見せてなかったから。私のことをただのいじりがいのあるマネージャーだとしか思っていないと思ったから。
「で、言いたいことはそれだけ?」
ほんとに…この男は…!
『私だって中学生の頃から、ずっと大好きだった!責任とって付き合ってよね!』
「フフ、喜んで」
せっかくの綺麗な夜景を背景にするような告白ではないけれど
決して可愛い告白ではないけれど
俺にとって
私にとっては
しっかりと心に刻みつけられた夜だった。
20120919