何故か同じクラスだった幸村精市に苗らしきものを貰った。意味が分からない。いきなりこんなものを貰ってどうしろって言うんだ。一人で慌てふためいていると、幸村はクスッと笑った。
「これを俺だと思って大切に育ててね」
『は!?』
そう言い残して幸村はテニスコートへと歩んでいった。
はて、どうしたものか。私の手には謎めいた苗。多分花の苗なのだろうけど、なんの種類かも分からない。せめて花の名前だけでも教えてくれれば良かったのに。大切に育ててって言われたって、育て方が分からないのなら意味がないじゃない!苗をまじまじと見つめていると、鉢の裏に紙がひっついているのを見つけた。
【育て方は簡単だからずぼらな君でも世話出来ると思うよ。まずは日当たりと風通しの良い場所で育ててね。でも真夏は半日陰に置こうね。水やりは土が乾いてからすること。乾燥には強いからそんなに水やりをしなくてもいいけど、あげすぎには注意。根腐れしちゃうよ。それじゃあ頑張って花を咲かせてね。】
若干見下されてるような気がしないでもないけど、まぁこれなら私にもできそうだ。というわけで謎の苗の育成が始まったのである。
それから私は毎日水をあげ、夏は風通しのいいところにおき、何かと気にかけながら世話をしていた。最初は面倒だと思っていたが、毎日世話をしていると知らない間に愛着が湧いてしまうもので、頻繁に幸村に経過を相談し、アドバイスを貰ったりと私は育成に夢中になっていた。そしてとうとう10月を迎えたころ、小さな可愛らしい紅い花が咲いた。自分で育てた花は自分の子供のように可愛い。昔は絶対花に対してこのような感情は持たなかった。これも全部幸村のお陰かな。ていうかずっと忘れてたけど…
『この花の名前…なんだろ』
というわけで植木鉢を抱えながら近くの図書館に来た。周りの人の視線が若干痛いけどそんなの気にしない。大きな図鑑を広げて一ページ一ページを丁寧に見ていく。あれでもないこれでもないとめくっていってくと、一つの花が目に留まった。
『この花…一緒だ!』
私は急いで幸村の家へと向かった。
『幸村ー!!』
チャイムを鳴らす時間も惜しくて幸村の部屋らしき二階の窓に向かって叫んでいると、階段を降りて来る音がした。
「騒がしいなと思ったらみょうじか」
『ねえねえこれ見て!』
そう言って隠し持っていた植木鉢を幸村につきつけた。
「これは…」
『幸村に貰った苗、ちゃんと咲いたよ!』
「本当に綺麗に咲いたね。おめでとう」
『君に見せばや!』
幸村はハッと目を丸くした。私はそれが嬉しくて笑みがこぼれる。
「花の名前…分かったんだね」
『うん。ミセバヤは古語で「見せたい」って意味だよね。とっても素敵な名前。気に入っちゃった』
「そう、よかった」
『私ね、幸村の趣味に共感できて嬉しかった。育てて行くうちに自分の子供みたいに思えてきて、花が咲いた時は本当に名前の通り、幸村に一番最初に見せたいって思ったんだよ』
幸村を見上げると、そこには先程とは別人の幸村がいた。幸村の白い肌は耳まで赤くなっていて、こんな表情は今まで一度も見たことがない。
「…君、それわざとなの?」
『へっ?』
無意識が一番たちが悪いよ。そう言って幸村は私を引き寄せた。私の身体が幸村にすっぽりと覆われている。これって…私、幸村に抱きしめられてる?
『ちょ、いきなりどうし「嬉しい」…え?』
「みょうじが俺に最初に見せたいって思ってくれて、すごく嬉しい」
いつも大人びている幸村が、なんだか子供みたいで可愛くて、私も幸村の首に手をまわした。
『当たり前じゃん。育てるきっかけをくれたのは幸村なんだから』
「フフ、それもそうだね」
これが彼を意識しだした瞬間。その引き金はきっと…
君に見せばや(あなたに見せたい)
ミセバヤとは(Wikipedia)
20120311