夢主→赤也の姉設定
not夢



『久しぶりだなぁ…』

『切原』と書かれた表札がやけに懐かしく感じる。私は今日2年ぶりに18年間住んでいた我が家に帰ってきた。他県の大学に進学した私は、バイトやサークルなどに追われ、滅多に実家に帰らなくなっていた。久しぶりに見た我が家に妙な安心感を覚えながらインターフォンを押した。みんなには内緒で帰ってきたからきっとびっくりするだろうな。どきどきしながら待っていると家の中からダダダダダという音が聞こえ、ガチャっとドアが開いた。気だるそうに「はーい」と出てきたのは6歳年の離れた弟の赤也だった。

「あ、姉貴!」

『久しぶり、赤也!』

赤也は口をぽかーんと開けて突っ立っていた。相変わらずね、そのあほ面は。でも赤也は私が想像していた以上に成長していた。身長はかなり伸びていて、顔も少し大人びた。声も低くなっていて男になったなぁと感じた。最後に見たのは赤也がまだ小6のときだったっけ。今は中学2年生か。男の子の成長って早いなぁ。

お母さん達は何処にいるのか尋ねると、赤也は少しそっけなく買い物へ行ったと答えた。重たい荷物を持ち上げて家の中に入ると、そこには変わらない風景。テレビもテーブルもカーテンもそのまま。あの頃と変わったのは敷いていたカーペットがなくなっていたところだけかな。

テレビには私と赤也がよくやっていたゲームの画面が一時停止で映っていた。

『赤也、久しぶりに一緒にゲームしよっか!』

久しぶりに赤也に会うのが嬉しくて誘ってみると、「俺、テニスコート行ってくる」とそっけなく言って出て行く赤也。昔だったら乗り気で飛びついてくるのに。ガチャンとドアの閉まる音がむなしく響いた。私はゲーム機のコントローラーを持って、再開ボタンを押した。変わらないなぁ、このゲームも。何も変わっちゃいない。

ただ…赤也は14歳で思春期だもんね。そりゃあ変わるわよね。頭の中では分かってはいるのだが、少し寂しかった。



***




夜になり、久しぶりに家族揃って夕飯を食べた。お父さんは上機嫌にビールを飲みほろ酔い状態、お母さんはせわしなくホットプレート上の肉を焼いてみんなの皿にのせていた。みんなで食べる食事っていい。あの頃はこんな風景が当たり前だったからそんな事は思わなかったけど、一人暮らしをするようになって一人で食事をするようになったからか、家で食べる夕飯は格別に美味しく感じた。

「ご馳走様」

『え、赤也もういいの?あんたいつも焼肉のときはかなりの量を食べていたじゃない』

そんな言葉も無視して赤也は自室に行ってしまった。そこまで避けられると正直きついものがある。私は赤也に会えて嬉しかったのに、赤也は違うの?そんな赤也を見てお母さんはフフっと笑った。

「あの子、久しぶりになまえに会ってどう接すればいいのか分からなくなってるのよ。あんた変わったし。綺麗になった」

『えっ!そんな事ないよ、赤也のほうが変わったよ。あんなに小さかった赤也が今じゃかっこよく成長してるし』

「でも中身は昔のままよ、テニス馬鹿だし、相変わらず英語は出来ないし」

そういえば玄関から出てきた時も懐かしいジャージを着ていたっけ。部活だったのかな。私が立海にいた頃からテニス部のユニフォームは変わらないのね。懐かしい…

「多分そのうちしたらまた普通になるわよ。なまえ、まだいるんでしょ?」

『…うん』

夕飯の後片付けをしていたお母さんに手伝うよと言ったら、長旅で疲れてるんだから部屋で休んでていいよと言われたので、その言葉に甘えさせてもらって二年ぶりに自分の部屋で休むことにした。部屋は昔の頃と変わっていなかった。きっといつでも帰ってきていいようにしてくれていたんだろうなぁ。ベッドに寝転んで懐かしい写真やアルバムを眺めていると、ドアがガチャリと開いて、隙間からは赤也が顔をちらっと出していた。

「あ、姉貴」


まさか赤也のほうから私の部屋に来るとは思わなかった。私はなるべく平常心を保ってどうしたのか尋ねた。しかし赤也は一向に口を開こうとしない。心配になってベッドから起き上がって赤也のほうへ向かうと

「え、英語教えてくんねぇ?」

と顔を赤らめながら言ってきた。我が弟でありながらドキッとしてしまった。くそー、さっきまでそっけなかったのに今はこんなに可愛いじゃないか。もちろん私は二つ返事で赤也の部屋へと行った。

『で、何処が分かんないの?』

自分の部屋から椅子を持ってきて、赤也の椅子の隣に座ると赤也は「ここ…」と英語のプリントを指さした。



***



『なんでそこがisになるのよ!この文は主語がpeopleなんだから複数系になるの!しかも時制は過去だからwereでしょうが!』

「そんな複雑な事覚えられるワケねーじゃん!」

『いや、これ中1で習うとこじゃないの?』

「…チッ」


赤也に英語を教えるのはなかなか大変だった。いろんな事を基礎からかみ砕いて教えていったため、普通なら15分で出来そうな問題を教えるのに一時間半もかかってしまった。終わった瞬間赤也はあーー疲れた!と机にうなだれた。隣にうなだれている赤也を見ると、かなりお疲れのようですーすーと寝息を立てていた。

『寝るの早っ!』

まあ、朝から部活みたいだったし、赤也の苦手な英語を1時間半もやったらそりゃあ疲れるのも仕方ないか。机の上なのに気持ち良さそうに眠る赤也の髪をそっと撫でながら、よく頑張ったねと呟いた。私は自分の部屋から持ってきた毛布をそっと赤也にかけて、静かに赤也の部屋を後にした。



最初はそっけなかったけど、英語を教えているうちに赤也も昔の感覚を思い出したのか、2年前のように打ち解ける事が出来た。純粋に嬉しい。今日はぐっすり眠れそうだ。






翌朝、目を覚ますと私の机の上には林檎の飴が置いてあった。その近くには見慣れた筆跡で「さんきゅ」とだけ書かれたメモが添えてあった。

お母さんに赤也はー?と尋ねたら部活に行ったと返ってきた。

「赤也と打ち解けられた?」

『えっ!』

「赤也、今日はやけに嬉しそうに出て行ったから」

フフフと笑うお母さん。やはり母親は何でも分かってしまうのね。

「あ、そういえばあの子、部活行く前にコンビニに行ったみたいなんだけど、どうしたのかしら」


ああ、もう赤也ったら。きっと私が起きる前に近くのコンビニで飴を買ってきてそっと置いていったんだろうな。コンビニのお菓子コーナーでうんうん唸りながらどれにしようか選ぶ赤也が想像出来てつい笑みがこぼれる。袋を開けて飴を口にいれるとふわっと口全体に甘味が広がる。普通のコンビニに売っている飴だけど、私にとってそれは何倍も価値のあるものに感じた。全然素直じゃない憎たらしい奴だけど、やっぱり赤也は私の大事な大事な弟だ。今日は暇だから赤也の部活の様子でも見に行こうかな。きっと「なんで来たんだよ!」とか真っ赤な顔をして言うんだろうな。私が弁当を作って持って行こうか。久しぶりに先生達にも会いたいし、赤也がお世話になっているテニス部のみんなにも会ってみたいし。帰ってきたら今度こそ一緒にゲームしようかな。ずっとやっていなかったからすぐ負けちゃうかも。

口の中の飴がころっと転がった。




20111211
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