「何やってるの?」

コンビニから家に帰る途中、偶然公園を通りかかった俺は、ブランコに乗った女の子を見つけた。夜に女の子が公園にいるなんて物騒だと思ったから俺は思わず彼女に話し掛けた。そこにいたのは息を呑むような綺麗な顔をした女の子。綺麗な漆黒の長い髪に女の子らしい長い睫毛と黒目がちの大きな猫目。鼻筋の通った綺麗な鼻にぽってりと少し赤い唇。まさしく和風美人が似合う女の子。その彼女の長い睫毛には欝すらと水滴がついていた。泣いていたんだろう。俺の声で振り返った姿はとても妖艶で美しかった。月の光がスポットライトのように彼女を照らす。

「一人?」

俺の言葉に一瞬びくっとして、こくんと頷く彼女。胸がどくんと跳ねた。その強気に捕らえがちな猫目が涙に濡れて、とても弱々しく感じたから。

「家は?」

俺は平然を保ちながら質問する。彼女はまだ怯えているようで目がさらに潤んでいく。

『…家、飛び出して来ちゃいました』

どくんっ!
潤んだ瞳で俺を見上げるなんて反則だろ…再び心臓が跳ねる。他に聞きたい事はいっぱいあったけど今は彼女を独り占めしたかった。そんな俺は自然と「俺の家に来なよ」と口が勝手に動いていた。

もちろん彼女は目を見開く。しまった、こんな事を言うつもりじゃなかったのに。見ず知らずの男にいきなりそんな事を言われちゃ流石に気持ち悪いだろうし。ごめん、今の無しと言おうとしたが、その言葉は息と一緒にのみこまれた。

『ありがとう!』

うん、こんな事言われちゃ撤回出来ないでしょ。




そんなこんなで一緒に暮らすようになった。彼女の名前はみょうじなまえ。年は16で俺よりも4つ下の現役高校生。その時は夏休みでなまえも俺も学校は休みだった。


なまえとの生活は純粋に楽しかった。俺が住んでいるマンションは2LDKで一人じゃ十分すぎる部屋だったから、広い部屋を一人で過ごさなくてもいい事が素直に嬉しかった。毎日部活から帰る俺をお帰りなさいと料理を作りながら出迎えてくれるなまえ。「新婚さんみたいでいいな」その言葉にいつも顔を赤らめる姿が新鮮でからかうのが大好きだった。一緒にご飯を食べたり(なまえは意外に料理が上手い)一緒にDVDを見たり、たわいもない話で笑いあったり…そんな俺がなまえに惚れていくのも時間の問題だった。



とうとう俺はなまえの同意の上で彼女を抱いた。俺の腕の中で乱れるなまえが可愛くて何度も何度もキスをした。行為中になまえが精市…と切なげに呼ぶ声に心臓がぎゅうっと締め付けられて息が詰まりそうになる。好きな人と肌を重ねる事がこんなに幸せに満ちた行為だとは思わなかった。今まで来るもの拒まずな俺には考えられない事。人を愛する事を教えてくれたのはなまえ。もう離さない――情事後、ぐったりと疲れて寝てしまったなまえにキスをして、彼女を抱きしめながら俺も瞼を閉じた。



―――でもそんな幸せも長く続く事はなかった。


目を覚ますと真っ先に乱れたシーツが目に入る。昨日の事が夢じゃないと表していて俺は思わず笑みを浮かべた。しかし抱きしめていた温もりがない。

「なまえ…?」

ガバッ!

俺は勢いよく起き上がり、バスルームを確認した…が、彼女の姿は見つからない。ベッドの周りを見ても彼女が着ていた衣類はなくなっていた。彼女の部屋に入ると、少ない荷物はなくなっていたが俺が買ってあげた服はそのままだった。

仕方なくリビングに行くとそこにはメモ用紙が一枚置いてあった。それがどうしようもなく俺の不安感を高める。



〔今までありがとう〕



はっ、なんだよそれ。意味が分からない。俺達昨日あんなに愛し合ったじゃないか!なまえだって俺の事愛してるって言ったじゃないか!

「クソッ!」

いくら机を叩いても俺の手が痛むだけでなまえは帰ってこない。それでも行き場のない感情を制御する事が出来ずに俺は何度も何度も机を叩き続けた。

「さよならってなんだよ…」

それはあまりにも早く恋に溺れ、そしてあまりにも早い別れだった。


(20110813)
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