仁王が戻ってきた途端、私は空き教室に強制連行された。

「よし、始めるぞ」

いきなりブン太によって椅子に座らされ、体を固定された。な、なんだこれ!

「なまえちゃーん?ちょっと大人しくしててねー」

「動くとお前の頭火傷するぜよ」

何これ何これ!ほんと意味分かんない!友人はごっそりとかばんからメイクポーチを取り出し、私の顔に化粧を施していく。仁王は知らない間に温めておいたコテを片手に私の髪の毛をどんどんいじっていく。二人の動かす手は今まで見たことがないくらい速く、こっちが本職なんじゃないかと疑うくらいだ。その間柳はルーズリーフに何か文字をさらさらと書いていく。これはバレンタインと何の関係があるのだろうか。たかがチョコ(と言うのは語弊があるが)を忘れたくらいでこんな大袈裟になってしまうとは思ってもいなかった。それほど精市の権力は計り知れないと言うことか。私は不本意だが、されるがまま身を任せていた。しばらくじっとしていると、いきなり目の前に鏡がすっと出された。

(えっ!)

鏡には髪がゆるく巻いてあって、睫毛がくるんとカール、ほんのりピンクのチークにぷるぷるのパールピンクのグロスが印象的な全く別人の私が映っていた。

「テーマはふわふわで思わず守りたくなる女の子!」

「髪はゆる巻きウェーブにしてみたナリ。なまえは地毛で茶色やし一気に大人っぽくなるのう」

『なんか…全然別人なんだけど。つかふわふわとか私のイメージじゃない!』

「そう?元が可愛いんだから似合ってるわよ」

「それに今日は特別だからな、それ位めかしこんだほうが精市も喜ぶだろう」

「仕上げじゃ」

そう言って仁王は私の首にリボンを巻き付けた。

「完璧ナリ」

再び私を除く4人はニヤリと笑った。全身に冷や汗が流れる。その瞬間ブン太は私の体をまるでテニスバッグを担ぐように背負って教室を飛び出し、廊下をかけぬけだした。ぎゃああああ!!ブン太速い!デブン太のくせに!さすがにこの体勢も限界に達しそうだった時、ブン太の体はぴたりと止まった。

「じゃあ頑張れよ!」
いきなり扉を開き、勢いよく背中を押されて私は転びそうになる。やばっ!

ふんわりフローラルな香りがする。あ、知ってるこの香り。私の大好きな人の香りだ。

「…っと!大丈夫かい?」

顔を上げるとやはり私を支えてくれたのは一番会いたいようで会いたくなかった精市だった。

『せっ精市…』

「…なまえ?」

ど、どうしよう。何故か精市の綺麗な顔に少し皴がよっている。も、もしかして怒ってる…?!

『ご、ごめん精市!べべべ別にバレンタインデーの存在を忘れてたとかそんなんじゃないから…って、あ…』

「へぇ…そうだったんだ」

精市の真っ黒のオーラが一気に拡大したような気がして私は必死に頭を下げて謝り続けた。それでも何も言わない精市が少し心配になって顔を少し上げてみる。

(う、うそ…っ)

いつもの凍りつくような笑みを浮かべていると思ったのにその予想は大幅に外れた。目の前の精市は眉間に皴を寄せて、まるで飼い主に捨てられた子犬のような表情をして私を見つめていた。

「なんだよ。いきなり部室に入ってきたかと思えば…いつもよりすごくか、可愛いし…髪巻いてるし、化粧もしてるし…なのにバレンタインデー忘れてたとか言うし…なんなのお前。ほんと調子狂う」

精市の言葉を聞いていたら、抱きしめずにはいられなくなった。私は精市の首に手を回す。精市も恐る恐る私の背中に手を回してくれた。

『精市…ごめん。バレンタインデーを忘れる彼女なんて最低だよね。だけど私、自分が思ってる以上に精市の事好きみたい…だから「私を好きにして?」…はっ?』

勢いよく顔を上げれば、悪戯好きの子供のような笑みを浮かべて片手にルーズリーフをひらひらと持っている精市。何処か見覚えのあるルーズリーフだ。それには《チョコの代わりに私を好きにしてはーと》と書いてあった。くっそあのブタ!私の背中を押した時に貼付けたな!柳とブン太、後でしばく!

「バレンタインデーを忘れていたなまえちゃんはなんでもしてくれるんだ、嬉しいなぁ」

『いや、これは柳が…』

「チョコの代わりなんだろ?」

この首のリボンが証拠じゃないのかい?そう言ってやらしい手つきで私の首筋をつーっとなぞり、リボンを解いていく。精市は私の首に顔を埋めた。精市の熱い息がかかって甘い声が出てしまうのを必死に抑える。一瞬ちくっと痛みがして思わず声が出てしまった。

「続きは俺の家でね」

『ふぇっ?』

それともこの場で犯されたい?と言われたけどとんでもない!それにしても顔が熱い。しゅんとした精市が見れたと思えばいきなりドSに豹変するし。私は翻弄されるばかりだ。でもそれもいいかもしれない。いろんな精市が見れて、いろんな発見が出来て、そのたびにどんどん精市が好きになる。

「チョコレートを貰うより、なまえを頂くほうが断然嬉しいよ」

"チョコの代わり"も悪くないかも…って一瞬思った私は彼に洗脳されてるのかも。

チョコの代わりはこの私





(柳って意外にベタな策を考えてたんだね。チョコの代わりに私を好きにしてだなんて)(ああ、あれは精市からの要求だからな)(…もしかして最初から決められてたの?)(化粧やヘアメイク以外はな。お陰でいいデータが取れた)(…。しかし仁王がヘアメイク出来るなんて思わなかった!)(プリッ)
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Happy Valentine's Day!
コッド岬のラプンツエル様から素材お借りしました。

(20110215)
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