これの後日譚

*ジェトファスタ前提のメガスタ
*捏造ジェットロン
*ジェトファがジェッツと幼馴染







「ジェットファイアーは、どこ?」

 鈴の鳴るような声で、幼子は疑問を零す。幼子はずっと探していた。幼子の兄弟とはまた違う情を注いでくれる、柔らかな笑顔の似合う白い機体を。彼はいつだって優しい笑顔で、幼子を受け入れてくれた。兄弟以外では一番心を許せる相手だった。その彼が、居ない。どこにも、居ない。この大きくて暗い、知らない機体しか居ない知らない船に、彼は居なかった。
 幼子の兄は、不安を隠そうとしない幼子を抱きあげた。優しく、傷付けぬように、しっかりと。幼子は兄の細くしなやかな腕に寄り添い、薄い胸に頭を預ける。それは一つの癖で、この見知らぬ大人の群れから自己を守るために、幼子自身が作り出したものだ。幼子の兄は、そんな小さな弟を守るように、慈しむ為に、弟の小さな頭に顔を寄せる。そして優しい音声で答えた。

「今は遠征中だ。帰還はずっと先だな。でも、帰ったら一番にお前に会いに来るって言ってたぞ」

 それは嘘である。だが幼子の心を壊さないためには、必要な嘘であった。幼子の、唯一と言っていい友人であるジェットファイアーは、既に敵方に降って久しい。幼子の、本来の職務からしても、彼は敵である。オートボットの航空兵と、ディセプティコンの航空参謀。相容れては、ならない関係だ。だが幼子となってしまった航空参謀には、そのような事実は未来の話である。今の幼く脆い彼に、そのような真実は酷であり、彼の成体復帰を妨げるかもしれないのだ。何より、この無垢な幼子を悲しませたくない。そう思うと、幼子の兄は、兄弟愛溢れる温かい笑顔で、嘘を吐いたのだった。

「かえってくる?」
「ああ。ジェットファイアーがお前との約束を破ったことなんて、ないだろ?」
「…うん!」

 逡巡した後、煌めく笑顔で幼子は頷いた。疑うことなど知らぬ、笑顔で。幼子の胸中は、彼との思い出の再生に忙しかった。悪戯を仕掛けても笑って許してくれる姿、二人でこっそり出かけた母星の空、兄弟達と彼で並んで寝た夜、自身の名を呼び、手を差し伸べる彼の、柔らかな笑顔。大丈夫、彼が居なくても、我慢できる。幼子はそう思い込むことで、彼の居ない寂しさを紛らわそうとした。

「良い子だ」

 勿論、幼子の幼気な覚悟など、兄にはお見通しであった。それでも兄は幼子の可愛らしく幼気な覚悟を尊重するために、何も言わない。代わりに、幼子を褒める言葉を一つ。先程よりも強い抱擁を、一つ。どうせこの幼子は、いずれ修羅の道を歩むのだ。その際に支えになるような、暖かな記憶は少しでも多い方が良いだろう。壊れやすい弟を守るため、今日も兄は嘘をつく。偽りだとしても、幸福な感触を残す為に。




「…欺瞞だな」

 兄弟の背後、部屋の主はふんと鼻で兄弟の睦み合いを笑った。その隣に控える兄弟の一人、末の弟は乾いた笑いを零した。

「そうですが、そうとも限りませんぜ、メガトロン様。クラッカーが益にならないことをするはずがないんでね」

 主は末の弟の言葉に、また鼻を鳴らす。幼子は本来、主の副官でこの組織の二番手だ。それが何の因果か幼子となってこのかた、主従はまともなコミュニケーションをとっていない。幼子が主を怖がるからだ。主は拳闘士として名を馳せ、現在は破壊大帝の異名を冠する男である。その纏う覇気たるや、威風堂々、獅子さえも霞む迫力を持つ。だがそれは、気の小さい幼子にとっては恐怖の対象にしかならなかった。故に、幼子との接触は最低限に抑えられている。それが、主には不服らしい。

「――気に食わぬ」

 我の知らない男の話をする幼子も、それに現実を教えない兄にも、全てを肯定する末の弟も、まるで世界には己達だけだとでも言いたげな兄弟達も、全てが。
 末の弟はそんな主の思惑を見抜いている。それでいて、何も言わない。いくら彼が己の尊敬し崇拝する唯一絶対の主だとしても、兄弟の身請け先になるのならば話は別だ。徒に兄弟を傷付けるだけの義兄ならば、いらない。必要なのは、面倒だが愛しい下の兄を支え、慈しんでくれる相手なのだ。その点で言えば、ジェットファイアーは好ましい男だった。下の兄の限度を越えた気紛れにも、小心なうえ思っていることと逆のことを言ってしまう癖にも、難なく応えることが出来た。二人は仲睦まじかった。応援する気でいたのに…世の中は上手くいかないものだと、末の弟は心の中で愚痴る。主は未だいきり立っているままだ。

「すぐにも戻りまさぁ。きっとね」
「急がせろ」
「それはこの艦のお医者様に言ってくだせぇ」

 そう言って、末の弟は兄弟の元へと歩き出す。主――メガトロンはそれを憎々しそうに見ていた。幼子は末の弟に気付くと破顔しながら肩車を要求し、長兄はまるで哺乳類でいうところの母親のような顔をしながら末の弟に幼子を受け渡すのだった。そうして三人揃って、メガトロンに礼をして部屋を出て行く。行先は件の医者が居る医務室だろう。そこで幼児化の原因追究を行っているのだから。

(面白くない。我を覚えていないスタースクリームも、我を慕っているはずのスカイワープが命令を聞かぬのも、我に怯えているサンダークラッカーがやけに強気なのも)
(ジェットファイアー。スタースクリームの記憶にこびり付いている、奴の理解者。何度か見たことのある気もする。白い大型航空機だったか)
(そんなにも、奴が恋しいのか。我を忘れる程に)

 メガトロンの座る椅子の肘掛が、嫌な音を立てて崩壊した。それを聴く者は、居ない。ただ、別室に居る彼の忠臣だけが知っていた。忠臣は全てを見ていた。航空機兄弟の会話も、メガトロンの機嫌が降下していく様も。
 忠臣とて、幼子に忘れられたことが悔しく、彼の兄弟機だけが幼子の笑顔を引き出せる事実に憤りを感じていた。それが嫉妬という感情だと知ったのは、兄弟の長兄に指摘されてからだった。教えた張本人である長兄は、それに対し特に何も思っていなかったことが、余計に虚しい。
 空回ってばかりだ。誰もかれも。一つの予定調和が崩れたことによって、全てに支障をきたすなど。こんな状態、敵陣に知られたらすぐさまにでも今までの暴虐の仕返しを食らうだろう。愚かしいと分かっていながらも、軍の上層部は歪さを正すことが出来なかった。

 スタースクリームは、まだ元に戻らない。

2013/02/09
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