「早く来い!」
「ま、待って…!」

 小さな声で、ヒソヒソと。夜の居住スペースを、そろりそろりと足早に過ぎる音が、二つ。
小さいのに手を引っ張られている大きいの。
廊下の非常灯はふわふわと揺れ、二人の影がまるで踊るように出入り口へ向かっている。

「遅いぞ、終わっちまったらどうするんだ!」
「しょうがないじゃないかあの反応は私がこの三日間待ち望んでいたものだったんだ! 私がどれだけ待ち望んでいたか君だって知っていただろう、そんな風に言わなくてもいいじゃないか」

 小さいのが大きいのに怒りながら、夜の闇が広がる、アメリカの大地へと足を踏み出した。
野生動物も寝静まる、午前三時過ぎ。
動く気配は極わずか。
夜行性の獣と出くわせばやっかいだが、何せ彼らは金属生命体。
火力と機動力で、有機物が彼らに勝てる隙はそうないだろう。
 さて、件の彼らは小さいの――ゴングが大きいの――パーセプターの先導をするように、アークを離れ、一路北を目指している。
ごとごととタイヤが土と石を噛む音が響く。

「大体、あんたが言い出したんだろ。そのあんたが渋るってどういう了見だ」
「…そうだね、悪かったよ。ちょっとわがままだったね」
「分かりゃいいんだ」

 ゴングがふん、と鼻を鳴らす。
パーセプターは、恐らくロボットモードであれば苦笑いが顔に浮かんでいたことだろう。
しかし、そこはさしものパーセプターであれ、そんな姿をゴングに気付かせることはなかった。
ゴングはまた、話し出す。

「なぁ、こっちで合ってるんだよな?」
「ああ、うん、大丈夫だよ。私の計算によれば北へあと三キロメートル進んだところにある丘が最も観測に適しており我々に素晴らしい光景を約束してくれるだろうね、いやあ中々の幸運だと思わないかね私は非常に楽しみでね…」
「分かった、分かったから止めてくれ」

 それから二人は、暫し無言でタイヤを走らせていた。
アメリカの大地を包む夜は濃く、その闇はまるで彼らの金属の肌に染み込むようだった。
不意に、その空気が恐ろしくなる。
不安、のようなものがスパークに去来する。
何が怖いのかは分からない。
己はそんな弱虫ではないと思うゴングはしかし、少し速度を落とし、パーセプターのすぐ横を走った。
パーセプターは何も言わず、ただ隣を走り続けた。

「着いた」

 二人は目的地である丘へ辿り着いた。
三時を半ば過ぎた頃である。
夜はますます深まっていた。

「時間は?」
「良い頃合いだ、そろそろだよ」

 ロボットモードに変形し、並んで空を見上げる。
月は出ていない。
ゴングはすぐ隣にある、己より大きなパーセプターの手を取ろうか迷っていた。
なんとなく、自分はそういう、甘い雰囲気を作り出すのが苦手だ。
だが彼の胸にはいまだ先程の妙な不安が渦を巻いており、彼を落ち着かせなくさせている。

「来た! 来たよ、ゴング!」

 そんな彼の心境を知ってか知らずか、パーセプターは大声で彼の名を呼んだ。
視線は空にあるのに、彼の手は確実に、確実にゴングの手を掴んで、ぎゅっと握りしめる。
ゴングが驚いてパーセプターの顔を見詰めると、彼はふんわりと微笑んで、ゴングを見やる。

「どうしたの?」
「いや、いやっ…綺麗だな」
「正しくそうだね! 流星群というものはどうしてこうもスパークを興奮させるのだろう。スパイクやカーリー達はちゃんと見ているだろうか、こんな天体ショーはそう近々見られるものではないからね!」

 そう、二人は流星群を見に来ていたのだ。
夜空はどこからともなく流れる星で溢れている。
人の目より高性能なレーダーを持つ彼らの目には、この流星群は文字通り、大挙をなして空を横切っている。
 美しい、光景だった。

「良い景色だ」
「そうだな」
「君と見られて良かったよ、こういうのはデートに最適なんだろう?」
「ばっ! で、デート…!?」
「おや、違うのかい? カーリーが教えてくれたんだよ、愛しい人を誘い二人で出かけるのはデートだと。私は君のことを好いているから、デートだと思っていたのだけれど」

 ゴングの顔が真っ赤に染まる。
パーセプターは相変わらず微笑んでいるだけだ。

「デー、ト」
「そう、デート。素敵だね、君とこうして星を眺めて、二人きりでいられて」
「そう、だな…」
「うん、そうだね」

 星は絶え間なく降り注ぎ、二人を包む。
夜闇の恐ろしさはなくなった。
自分が恐怖を感じていても、包み込む優しさを持った男が、隣に居る。
それはとてつもない安心感を、自分にくれるのだ。

「…パーセプターよぉ」
「なにかな?」
「俺、やっぱりあんたが好きだわ」

 しみじみと呟いた言葉に、返事はなかった。
沈黙。
ゴングが不審に思い横を見上げると、片手で口元を覆い、顔を明後日の方向へやっているパーセプターが。

「どうした?」
「い、いや…! だって、だって、君はあんまり私にそういうことを言わないから、つい、こう、て、照れてしまって…」
「なんでぇ、あんたほんと可愛いな」
「もう! やめてくれ!」

 それでも繋いだ手が離れることはなく、それが一層ゴングは愛しいと感じるのであった。
 ふ、とパーセプターが真っ赤に染まった顔をこちらに向けて、真剣な眼差しになる。

「あ、のね」
「おう」
「キスして、いいかい…?」
「…ばあか」

 満天の星空、降り注ぐ銀河の星屑の元。
お互いの気持ちを分け合うような、キスをした。

2015/01/22
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