すべてを放り投げたくなる時が、ある。責任、重圧、期待、その他もろもろ。
勿論、実行などしない。ちゃんと理由だってある。その理由とやらを知ったら、あんたはくだらないって笑うだろうな。
でも、大事な理由なんだ。





「ロディマス、寝とるんか?」
「…寝ぼけてた」
「こりゃ、司令官ともあろう男が。しっかりせい」
「はは、は」

 曖昧に笑う。
いつからこんな笑顔が出来るようになってしまったのだろう。
昔はもっと、あっけからんと笑う性質だったはずだ。
マトリクスを受け取る前、ホットロッドだった頃は。
 私は一介の騎士だった。
いつか大成することを夢見る、とても、とても青臭い。
それで良かった。
だって私はまだまだ経験も何も積めていない、子供のようなものだったのだから。
 それがいまや、どうだい。
そのおこちゃまが、サイバトロンの総司令官様だ。
いやぁ、ご立派だね。
おめでとう。
君は君の夢見ていた、望んでいたものになれたんだ。
 ああクソ、虚しい。

「ロディマス? 大丈夫か、具合でも悪いのか?」
「いや、そんなんじゃない。ちょっと昔を思い出していただけさ」
「そうか」

 なあ、じいさん。
あんた覚えてるか。
私がホットロッドだったことを。
今じゃ随分とロディマス・コンボイ呼びが定着しちまっているけどさ。
 じいさん。
私があんたに言ったこと、ちゃんと覚えているのか。
じいさん。
じいさん。
 書類のチェックを自分から手伝ってくれている彼の姿を、じっと見る。
機体に降り積もった年月というものは、私と彼を明確に分けるガラスのようだ。
一見すると透明で、何もないように見える。
だが、実際にはしっかりと分厚い隔たりがあるのだ。
 私はいまだ年若く、彼は老体。
稼働年数の差は埋め難く、私は迷ってばかり。
彼には何時の間にか距離を縮めた青い閃光が居て、その事実に打ちのめされる。
 ああ、私は一体、何をしているのだろう。
まるで勇敢ではない。
騎士としての私はどこに行ってしまったのか。
ウルトラマグナスに怒られても仕方ないではないか。
しっかりしろ、ロディマス・コンボイ。
不安なら、確かめればいいだけのこと。

「雨じゃ」
「ん、え?」
「雨が、降っておる」

 視線を机から窓に移すと、雨が降っていた。
地球の雨は暖かで、優しくて、体に対する実害が少なくていい。
ただしハリケーン、お前レベルは駄目だ。
チャーはゆらりと窓に近付き、思い耽るように手を置いた。

「懐かしいのう、あの時もこんな雨が降っていた」
「…あの時?」
「なんじゃ、覚えとらんのか!」

 まさか、という期待も込めて、聞き返してみる。
チャーは窓から私の元に帰ってきて、机の上にとん、と座った。
普段ならば私がそれをして怒られている態度を取るチャーに、郷愁のようなものを感じる。

「わしらがまだ、セイバートロン星に居た、懐かしい日々のことよ。お前さんはまだホットロッドで、今以上に青臭かったのう」
「…青臭いは余計だ」
「はは、そうじゃのう」

 チャーはにこ、と笑う。

「あの時はこんな穏やかな雨ではなく、わしらの機体を溶かしそうなほど土砂降りの雨じゃった。わしらは二人で、雨宿りの為に廃家に居た。わしが温度の低下に震えておると、なんとお前はわしを抱え膝に乗せてきたのじゃ!」

 勿論、覚えているよ。
あの時は、本当に勇気を振り絞ったんだ。
あんたの体温が欲しくて仕方なかったんだ。

「そうしたら、お前さんが告白してきたんじゃよ、じいさん、愛してる、とな」
「…忘れるはずないだろう。一世一代の告白だぞ」
「当たり前じゃろう、忘れられてはわしだって困るわい」

 机の上に座るチャーと、椅子に座る私では少しだけチャーの方が視線が高い。
悪戯っぽい顔をしたチャーに、覗き込まれる。

「それ、って?」
「お前さん、最近つれなくないか?」
「そ、そんな訳ない!」
「じゃあ、キスの一つでもしてみてはくれんかのう」

 目の前には私の獲物。
私の心を弄んで離さない、可愛い恋人。
ああまったく、ずるいなぁ。

「寂しかったのかい?」
「ぬかせい、坊主」
「ごめんよ、じいさん」

 ちゅ、と触れるだけのキスをした。
そのまま、チャーの体を抱き寄せて、あの時と同じように膝に座らせる。
近くなった距離が愛しい。
ぐだぐだ悩んでいたのが嘘のようだ。
私達は、ちゃんと繋がっていた。
ガラスはきっと、私が造りだしていたんだ。

「わしはな、坊主」
「…?」
「お前の告白を受け入れた時点で、覚悟を決めていたんじゃぞ」
「…ずるいなぁ」

 今度はもっと、深いキスをした。
下半身が熱くなる。
チャーも体をもっと摺り寄せてきた。
もう仕事にならない。
ウルトラマグナスに叱られるだろうが、知ったこっちゃないね。
今はただ、目の前の獲物を貪るだけだ。

「愛してるよ」
「わしもだ」

 音を立ててキスをした。



(お前さんが求めてくれるから、安心できるのに)
(腑抜けの坊主め)
(雨の日、震える体をしっかりと抱きしめて、「じいさん、好きなんだ、愛してるんだ」)
(あの熱量に負けられる奴がいるなら、見てみたいわい)

2015/01/22
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