がし、と掴まれた。
何が。
誰に。
何で。
視線を横に向ける。
自分の二の腕が、革のグローブから伸びる指にがっしりと掴まれていた。
それは指どころか掌で腕を包み、一定のリズムで指を動かしている。
感触を確かめるように。
馬鹿者の顔を見た。
クロスへアーズだった。
「…何してんだ」
「……」
真剣な顔付きで、二の腕を見詰める若造。
筋肉しかない腕を見て、何が面白いんだ?
別に揉まれてくすぐったい訳でもないし、意味が分からない。
「クロスへアーズ?」
「……」
名前を呼んでも返事なし。
顔は相変わらず二の腕に向けられたまま。
普段はシニカルな笑みを浮かべていることの多い男が、これ程真剣な表情をしているのだ。
何か、重要な理由があるのかもしれない。
聞き出そうと口を開いたその瞬間。
胸を、がしりと掴まれた。
時が止まる。
開いた口からは言葉も出ない。
突然の事態に混乱するしかない。
だというのに、クロスへアーズの指は無遠慮に胸を揉んでくる。
二の腕を掴んでいた先程よりもしっかりと、指が脂肪を掴み、形と重みを確かめようとしていた。
何だこれは。
何が起こった。
「やっぱり…はが!」
「何がやっぱりだ馬鹿野郎」
気が付いたら殴っていた。
俺は悪くない。
「いってーなババア!」
「うるさい馬鹿野郎。俺だからパンチ一発で済んでるんだよ馬鹿野郎他の女だったらセクハラでお前が社会的に死んでるわ馬鹿野郎」
吹っ飛んだ先で殴られた頭を押さえ、呻く緑のタヌキ。
昔から知っているとはいえ、何故こいつは突然訳の分からない行動を取るのだろう。
というかセクハラじゃねーか。
「だってよぉ、二の腕の柔らかさがおっぱいの柔らかさだって聞いたもんだから!確かめるのが男だろう!?」
「もう一発やられたいみたいだな」
「ババアの癖にパンチ重いんだから止めてくれ。結論から言うと、あんたのおっぱいは二の腕よりもよっぽど柔らかかったぞ」
ニヤニヤ笑うんじゃねぇよ馬鹿野郎。
セクハラをかましてきた理由がアホらしくて、呆れて物が言えん。
殴る気力さえ取られた。
「アホじゃねぇの…」
「あんたの腕は筋肉しかねぇが、おっぱいはデカイしやらけーから俺は好きだぜぇ」
すすす、と寄ってきて、また胸に触れてくるクロスへアーズ。
だが、今度は無遠慮なそれではなく、繊細に撫でるだけだった。
サラシの上に着ているタンクトップを滑る革から覗く指。
その気にさせようとしているのは明瞭だ。
「発情期か?」
「もっと色っぽい言い方しろよババア」
「させたきゃもっと上手く誘いな、若造」
「…ハウンド」
縋るような瞳で、覗きこんでくる長い付き合いの馬鹿。
零れる声は低いのに甘い。
俺がどういう顔に弱いか分かってやってやがる。
あーあーやだねぇ、要らん知恵付けやがって。
「…せめてグローブ外せ」
「おう」
ちゅ、と唇を合わせるだけのキスを一つ。
それからグローブやらコートやら、脱げるものを手早く外していく。
俺もタンクトップを脱ぎ、サラシを取るため腰に手をやった。
その手に添えられたクロスへアーズの手が、妙に熱い。
「俺がやる」
「…あ、そ」
ドックタグがかちりと鳴った。
熱に浮かされた馬鹿が二人。
日も高いうちから、ベッドルームへしけこむ。
(早く俺の女になれよ、ババア)
2014/09/26