栓のイかれた蛇口のように、ぼろぼろ零れてくる冷却水。
何がそんなに悲しいのか。
何がそんなにオーバーヒートさせるようなことがあったのか。
俺はなんにも知らなくて。
ただその肩にもたれることしか出来なかった。

怖い人。
それが第一印象。
融通が利かなくて、規律に厳しくて、俺みたいにふざけることが大嫌い。
そんな、面白みのない機体だと思っていた。
でも噂はかねがね聞いてたし、オプティマス・プライムの副官をこなすぐらいなのだからとんでもなく優秀だということは理解していた。
だけど、実際に会ってみたら全然違ったんで驚いた。
ホイルジャックとは相性が良くないみたいで、よく諍いを起すし。
sirって呼ばないと誰だろうと睨むし。
でも、オプティマスを見つめるオプティックに映る憧れという感情は、俺も馴染み深いものだから勝手に親近感を抱いていた。
この人は泣いたり笑ったりするのかな。
どんな風に感情を露わにするのだろう。
気になっていった。




基地の一室に明るい色が、溢れている。
俺の知らない色が、そこかしこに。
地球に居る仲間でこんな色を使う機体は居ない。
一番近いのはバンブルビーだろうか。
だがバンブルビーのサンライトイエローよりも、もっと赤みを帯びた色だった。
炎よりも穏やかで、それでも輝くようなオレンジ。

「…ウルトラマグナス?」

ミコに教えてもらった、プラネタリウムのようだった。
壁にも天井にも展開してある映像。
どの角度からだって見ることの出来る、大きな大きな記憶。
その真ん中に立つ、薄青くて白い機体。
あんなにも大きいのに、妙に頼りなく見えて、少し怖かった。
これは誰だ。
本当に、あのウルマグナスなのか。
音が付き始めた映像を、じっと注視している我らが副官は、幽鬼となんら変わりない。

『早く来いよ!』
「行きたいさ」
『お前が居ないとつまらないんだぜ』
「私もだ」
『ウルトラマグナス』
「―――――」

声にならない、呟き。
誰かは知らない機体の名前だろう。
羽のように伸びるドアに、腕のマフラー装甲が特徴的な機体。
輝くオレンジ色の機体色と同じく輝いた笑顔。
ウルトラマグナスを見て形作られたそれを、彼は再生している。

「…ウルトラマグナス!」

このままでは彼は、あっちに連れ去られてしまう。
オレンジの機体が居るであろうあっちは、絶対この世じゃない。
そこはオールスパークの元だ、アルファトライオンが居るところだ。
行かないでくれよ、連れてかないで。
ウルトラマグナスはまだ、死んじゃいけないのに。
まだまだ俺たちにはやることがあるのに。
ディセプティコンをやっつけるとか、地球を救うとか、母星を再生させるとか。
あんたもその為にここに来たんだろ?
止めてくれよ、そんな、死にそうな顔なんてしないで!

「…ソルジャー……?」

腕に抱き付くように縋り付けば、彼はようやく俺の存在に気付いたらしい。
記憶という名のプラネタリウムは、オレンジ色の機体の笑顔をかき消すように終わった。

「何やってんだよ、あんた!」
「…貴様には関係ない」
「あるさ! 俺たち、仲間だろう!? 仲間が死にそうな顔してる時にほっとけなんて!」
「私、は、」

不意に、彼は膝から崩れ落ちた。
へたり込む彼に引っ張られる形で床にべた座りする俺を尻目に、ウルトラマグナスの青い聡明なオプティックは、水分を纏い始める。
やばい。
俺、誰かを慰める方法なんて、知らないよ。

「仲間なんて、もういらない」
「はあ?」
「彼だけで十分だ、失うのは。抱え込むから失うのが怖くなる。もう嫌だ、彼を、こんなにも待っているのに、」

ああ、彼の決壊は、近い。

「もう、かえってこないんだ」

ぽた、ぽた。
音を立てて流れる冷却水。
絞り出すように零れた、掠れた声。
彼のブレインサーキットには、先程まで展開されていた記憶が、同じように展開されているのだろう。
あの、邪気のない男前な笑顔の持ち主は、ウルトラマグナスをこんなにも掴んで離さない。
それが良いことなのかどうか俺には分からないけれど。
このままでは駄目だってことは、分かった。
でも、俺に何が出来るんだろう。

「彼の元に行きたい。だが私は行けない。私には司令官を補佐する任務がある。放棄できない。そうやって言い訳するしか、できないんだ」

ぐしゃ、と曲がる表情。
収納してある冷却水を全て使い切ってしまうのではないかと思う程の、涙の水量。
あのオレンジの機体と彼は、どんな関係だったんだろう。
大切な人との永遠の別れ、だったのかな。
俺と、アルファトライオンのように。
自分を認めてくれた人との別離は、いつも陽気でいようとしている俺にだって辛かった。
でも俺は、前を向いてようとしたんだ。
俺にだって出来たんだから、きっと、ウルトラマグナスにだって。

「…泣かないでくれよ、ウルトラマグナス」

それなのに、俺の口から滑り落ちるのは、陳腐な慰めの言葉だけ。
座っていても彼の方が高い肩に、他人を思い出させる為の温度を、分け与えることしか出来ないんだ。
俺が入り込むことなんて到底不可能な問題に、直面してしまった。

「すまない、すまな、あとすこしだけ、もう少しすれば、もとにもど、る」

ぽぉと、水色の灯がともるオプティックは綺麗だった。

「謝んないでよ。俺の方こそ、なんにも出来ないのに」
「だが…こんな、情けない姿、を」
「情けなくなんかない! あんたはいらないって言ったけど、でも、俺たち、仲間じゃんか…仲間なら、甘えたっていいんだって」

そうか。
ウルトラマグナスは一言つぶやいて、そして黙り込む。
相変わらず栓のイかれた蛇口みたいに冷却水は溢れてきているけど、あの幽鬼みたいな気配はなくなった。

「…そうか」

笑うことに失敗したままの笑顔、で、ウルトラマグナスはまた呟いた。

「ありがとう、スモークスクリーン」
「びゃ!?」

なななななななな、名前!!
俺の、名前!!
呼んだ!?

「何を驚いている?」

本人はきょとんとしてるよ!
何だよこれ!

「だ、だって、名前…!」
「名前ならば、全員分把握しているぞ」

何を今更、って顔をされた。
違う、俺が言いたいことはそういうことではなくて!

「だって、絶対名前呼ばなかったじゃん…」

ラチェットまでsirって呼んでたから、人の名前を呼ばないし呼ばれたくないんだと思ってたよ。

「規律とはそういうものだ」

溜りを作っていた冷却水をぐしぐしと拭う姿が少しだけ可愛く見えたのは、内緒にしておこう。
何気ない仕草に、やっと彼が生きている実感を得られて嬉しかった。
そのままこてんと彼の肩に体重を預けていると、俺の頭の側に頭を寄せられた。
並びあう、俺と彼。
すごく近付いた距離。
あんなにも差を感じていたのに、今ではこんなにもすぐ側にある。
優しい体温、まだ残る冷却水の流れた跡。
なんとなく、彼の素を見れた気がした。
思えば、彼はわざとああいう態度を取ることによって、失う恐怖を紛らわせていたのだろう。
怖いと感じていた彼だって、ちゃんと自分と近い部分があるんだ。
なんだろう、親近感って言ってしまうと彼に悪い気もするけど。

「あのさ、ウルトラマグナス」
「なんだ」

言葉尻にあった棘が、少し抜けている。
彼はこの事に気付いているのかな。

「辛かったら、ちゃんと言った方がいいぜ。俺たちの中に、それを馬鹿にする奴なんていないし」
「…そうだな。これからは、気を、付ける」
「ほんとにぃ?」

顔を逸らさないでください副官殿。

「じゃあ、指切りげんまんしよう!」
「なんだそれは」
「ミコがボケ先輩とやってた。約束を交わすときのおまじない。約束を破ったら針を千本飲まされるっていうスッゲーおまじないなんだぜ!」
「…地球人は恐ろしいな」
「ほら、小指出して!」

小指なのに俺の指より太いってどういうことなんすか副官殿。
くっそー大型機羨ましい…!

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます! 指きった!」

あれ、なんか神妙な顔をしてる。

「…おまじない、か」

ふ、と、見たこともない穏やかな顔をして、彼が微笑む。
誰を思い描いているかなんて、想像しなくても分かった。
明るいオレンジの、笑顔まで男前な機体だ。
あの機体とウルトラマグナスの間に、何があったかなんて俺は何にも知らないし、今はまだ聞いちゃいけないことなんだろうけど。
でも、ちょっとだけ。
彼にこんな穏やかな顔をさせられるオレンジの機体が、羨ましくなった。

「(恋人、だったりしたのかな)」
「(知ってるか、ウルトラマグナス)」
「(指切りげんまんの、語源を)」

密やかな想いを乗せて、小指は切って落とされたんだ、昔は。
そして今の、彼の約束は、俺と交わされた。
オレンジの彼には悪いけど。

「(あんたのウルトラマグナスの小指は、もう俺のもんだ)」

ま!
まだまだ俺はヒヨッコだし、彼はオプティマスの副官だ。
じっくりと腰を据えてかからないと、玉砕してしまうだろう。
何よりも、あの機体が一番のライバルって訳だ。
勝てる気なんてしないけど、まぁ何とかなるだろう。

「(この感情に付いてる名前は、きっともうすぐ分かるはずだ)」

それまでに、彼と仲良くなりたいなあ。

「ソルジャー、何をニヤニヤしている」
「あぁん、名前で呼んでくれよぅ」
「規律を守れ、一兵卒」
「エリートガードだっての!」

俺はどうやら、この堅物が気になって仕方がなくなってしまったらしい。
2013/10/03
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