*ツイッターでお世話になってるお方に捧げたお誕生日小説
*気付いたらジャズが出張ってた





ディエゴガルシア基地、ディセプティコン居住区。
そこは数日前からずっと、異様に静かであった。
普段ならば幼体がそこら中を駆けずり回りはしゃぐ声や、突発的に起こる喧嘩による破壊音、メガトロンがスタースクリームを怒鳴る声や、サイドウェイズがサイドスワイプから逃げ回る声が聞こえるはずなのだ。
それが、何もない。
歓声も、罵声も、悲鳴も、何も。
ただ、静かだった。

理由は単純ではあるが、根深いものであった。
ディセプティコンの頭領メガトロンと、その副官であり組織No.2のスタースクリームが、冷戦状態なのだ。
原因がどんなものであったのかも忘れてしまった、そんな大したこともない喧嘩のはずが。

「マイロード、そろそろメガトロン様と仲直りされては?」
「ぜっったいに、嫌だ!」

「メガトロン、早くスタースクリームと和解してくれ」
「貴様には関係ないだろう、プライム」

このような状態である。
意地の張り合いがいつの間にやら、我慢比べの様相を呈し、他者の助言に耳を貸す気にもならない。
ディセプティコンにとっては非常に居心地が悪く、オートボットやNESTにとっては非常に面倒臭い状況だった。

「そもそも、何が原因なのだ」
「そんなもの忘れたわ」
「忘れたことにそこまで固執するのか」
「では何故我があやつに折れねばならない」
「そうは言ってない」
「ふん、どうせ我に謝罪しろとでものたまる気であろうが」
「それは、まぁ、その通りだが」
「ふん」

オートボット総領、オプティマス・プライムが異常事態の原因を探ろうとメガトロンを訪ねても、状況に変化は生まれなかった。
メガトロンは理由を話そうとはせず、勿論対話する気もなく、先程からどれだけ話しかけてもなしのつぶてである。

「なぁオプティマス。こういうのはよ、無理矢理にでも行動を起こすことが肝要だと思うぜぇ」
「行動?」
「そっ! 例えばそうだな、デートとかな!」
「黙れチビ」
「あっれーどっかから風の音がするなぁ。なんだろーなぁーオプティマス?」

オプティマスの付き添いとして、共にメガトロンを説得しに来たジャズが、いつものように軽口を叩く。
それに対しメガトロンは憤るも、自らのペースを崩さないジャズには暖簾に腕押しだった。

「デート、とは?」
「おいプライム、貴様、」
「簡単だぜぇ、機嫌を取りつつ相手が気に入りそうな所までエスコートして、愛の言葉を囁くのさ。それこそ、万感の想いを込めて、な」
「それを行えば、この閉塞感は解消されるのか?」
「貴様ら話を、」
「場所と、そこの王様の態度に寄ると思うけどな。まぁーそこはほら、スタースクリームだしぃ?」

にやと開く口に三本指を添えて、悪戯を企てる子供のようなジャズの態度に、メガトロンの機嫌は目に見えて降下していく。
しかし不遜な態度のジャズを咎める存在のはずのオプティマスは、副官とほぼ同じポーズで何事かを考え込んでいた。
あ、これは面倒なことになる。
メガトロンの、二人と長く付き合うことにより生まれた勘が、囁いた。

「……俺は少し用事を思い出した」
「まぁ待てメガトロン! 私に良い考えがある! ジャズ、お前の考える最高のデートプランを提示しろ!」
「オォッケェー! 俺に任せろ!」
「離せぇ! 離せプライムゥゥゥ!!」

かくして、 仲直り大作戦が決行された。

-----------

オーストラリア北東部、カーペンタリア湾、海岸線。
そこから見える広く浅い海に浮かぶ月は、沈みかけていた。
もうすぐ夜明けになるのだろう。
空は白み始めている。

「…閣下」
「…何だ」
「…ここはどこですか、そして何故我々はここに」
「…いずれ分かる」
「はぁ…」

スタースクリームはメガトロンに連れてこられて、否、拉致されてそこに居た。
アイセンサーには覆いが付けられ、周囲を推し量ることも出来ない。
隣で腕を掴んでいる、メガトロンだけが頼りであった。

何故、このような状況に。
スタースクリームは思い返す。
メガトロンとの喧嘩が勃発して以降、スタースクリームはオートボット居住区に居た。
正確には、そこに住むジェットファイアーの元にだ。
大型航空機であるジェットファイアーは広い倉庫をNESTから貰っており、スタースクリームと多くの雛を居候させてもまだ余裕があった。
そしてジェットファイアー自身は己を頼ってきた、孫のような存在であるスタースクリームとその子供ともいえる雛が滅法可愛いらしく、長期の滞在を許可している。
そして猫可愛がりしている。
現在のスタースクリームは専らその倉庫に引きこもっており、外部、特にディセプティコンからの連絡は全て部下のサンダークラッカーに投げていた。
サンダークラッカーは文句一つ言わず、来客や幹部クラスからの説得要請に応対している。
ちなみに、サンダークラッカーもジェットファイアーの擁護対象だ。
孫のようなスタースクリームが手ずから育てた副官とあれば、孫の子供第一号と言って差し支えないとジェットファイアーは考えている。
その為、最近の面倒臭い状況を作り出した相手であるスタースクリーム(と一応その副官)に、両軍とも手を出し辛い状態だった。
何せ相手は歴戦の傭兵で、大型航空機で、年相応の老獪さを持ち合わせた戦士であるジェットファイアー。
話し合いに持ち込む前に、追い返される。
サンダークラッカーも一航空兵とはいえ、狡猾なスタースクリームが己の副官として育て上げた男だ。
相手をするには、骨が折れる程度の気概の強さと弁舌を持っている。
その為、こうしてメガトロンが強行突破に出るまで、冷戦は保たれていたのだ。

「閣下、これは一体どういうことですか」
「…特に意味は、ない」
「雛の世話があるのですが」
「オートボットの医者と五月蠅いのに任せてある」
「グルですか」
「…さァな」

風が強い。
ともすれば、機械生命体である己達まで吹き飛ばされてしまいそうなほど、威力のある風が、時折吹いてくる。

「…閣下。メガトロン様」
「久しぶりだな」
「…そうですね」

二人して、押し黙る。
風が佇む二人の間を通り抜け、太陽は静かに上ってきた。
だがスタースクリームの目は覆われたままで、何も見えなかった。
腕に伝わる感触だけが、今の頼りだった。

「そろそろだ」

何が、と問いかける前に、体がぐわりと浮き上がる。
砂を掴んでいた足は、空中に踊りだし、慌ててバーナーを吹かした。
どこまで上ったかは分からないが、風の音が妙にリアルに聞こえてくる高さであることはセンサーから判別できる。

「ちょっと、いきなり何なんですかアンタ!」
「黙って見ていろ」

ようやく目の覆いが外され、スタースクリームの視界に飛び込んできた光景。
それは。

「…なんてことだ」

海面を走る、三条の雲。
高度約2kmに横たわる雲は、恐ろしく長く、そして50km/hはあろう速さで移動していた。
モーニング・グローリー。
特定の条件下で発生するその雲は、きっと、セイバートロン星では見られない、希少な現象。

「美しいだろう?」

朝日に照らされ、白く輝く雲の三つ山。
それを、見上げるのではなく、見下ろす贅沢。
強く吹く風に乗り、その側を自由に飛びたいと思ってしまうほどの、絶景。
この美しく希少な景色の中に、二人きり。

「…驚いた、こんな、こんなものがあるなんて」
「モーニング・グローリーと名付けられているそうだ。この場所がこの星で最も発生件数が多いらしい」
「わざわざ調べられたので…?」
「…………オートボットの副官に勧められたのでな」

世界が青に染まっていく。
夜明けの中、雲は速度を落とさずに絶えず消えては発生していく。

「エベレスト、マッターホルン、エンジェルフォール、セーシェル、キラウェア火山…色々と勧められたが、ここが一番お前に合っていると思った。沸き立つ雲、速き風、海と空…」
「メガトロン様…」
「これは空を飛べなければ、全景を見ることは難しい。それに、空ならば、…二人に、なれる」

そっと、手を握る。
抱え上げれている体勢による、冷たい風に負けない機体熱が、急に愛おしくて仕方なくなってきた。
三条の雲は、眼下で絶え間なく、見守っている。

「…すまなかった」

囁き声と同じ音量だった。
だが、スタースクリームには、それで十分だった。
あのメガトロンが、頑固で、暴力的で、時折ものすごく我儘で、だが情に溢れる男が、自分の為に、美しい光景を見せに連れ出してくれたのだ。
心揺れなくて、どうする。

「いいえ、私こそ、意地を張ってすみませんでした」
「ふん」
「ねぇ、メガトロン様」
「なんだ」
「一緒に、飛びませんか?」

そういえば、メガトロンはいつの間にスペースシップをスキャンし直したのだろう。
もしかしたら、というよりも、きっと、この日の為、自分の為なのだ。
そう思うと、愛しさが募って仕方ない。

「そうだな、折角だ」

手を繋ぎ、踊るようにモーニング・グローリーの上へ下へ飛翔する。
そこは青と白の世界。
二人きりの世界。
三条の雲の合間を縫い、凍る粒子と水滴を煌めかせ、二人きりを満喫する。

「気持ち良いですね」
「スタースクリーム」
「何でしょう?」
「愛しているぞ」

プスン、音を立て、スタースクリームのブーストがエンストする。
重力に従い、機体は雲の道へと落ちて行った。
海面に叩きつけられる寸前、雲の中で、メガトロンに掬い上げられる。

「何をしている愚か者が!」
「だって! だって! アンタが! あんなこと急に言うから!」
「悪いか!」
「滅相もない!」

ぐっ、と、体を抱きしめる力が強くなった。
顔が間近に迫る。

「貴様はどうなのだ」
「そりゃ…」

凍てつく空気に負けない程の、思いを込めて。

「愛してますよ、メガトロン様」

地球に来てから初めてのデートは、空中にて、幕を閉じた。

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「という訳で、聞かせろよ、デート」
「何故お前に」
「はっ、分かっちゃねえなお前! 立案俺、リサーチ俺、進言俺だぜ、俺には聞く権利がある。そうだろ?」
「黙れお前なんぞ塗装ごと禿げろ」
「ちっ、しゃーね。オプティマスをけしかけてメガトロンから直接聞くかぁ」
「何でそうなる! おい、止めろ!」
「あ、オプティマス? 俺だけどさースタースクリームのアホが口堅くてよ、一緒にメガトロンのとこ行こうぜー」
「止めろチャラ男!」
「マイロード、何の騒ぎですか?」
「お前もこの男を止めろ!」
「はい?」


その後、ディエゴガルシア基地は、普段通りの騒々しさを取り戻した。
主に、喧嘩の声でだが。
2013/05/24
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