※捏造ジェットロンがしれっといます
※たけ誕生日おめでとう












「愚か者が」

聴覚センサーは愚鈍に働き、低音をのらりくらりとブレインサーキットへと届ける。
己を目一杯否定する言葉を、声を、泣きそうになりながら聞いていた。
それだけで足は竦むし腕は震えるし言葉は出ないしで、良いことなんて何もない。
ほら今だって。
何も反論しない俺を、かの大帝は呆れながら見やっている。
何で俺は、いつもそんな冷え切ったオプティックアイで見られなければならないのだろう。
何で、俺だけ。

「申し訳ありませんです、メガトロン様」

思っていたよりも声は震えず、すらりと謝罪の言葉は出てきた。
恐らく、何万回と繰り返した言わば様式美だからだろう。
大帝様が使えぬ副官を叱責する、この軍ではごく当たり前の光景。
ああそうだ。
何度だって繰り返す。
学習しない愚かな有機生命体のように。
俺は何度だって奸計を巡らし、失敗し、そしてどやされる。
物言わぬ情報参謀にも、己によく似た航空機にも、いい加減にすればいいのにと思われているこの行為。
だからって今更、止められっかよ。

こうでもしないと、俺を見てくれないのに。

「…もうよい。下がれ、不愉快だ」

深く一礼し、メインルームを後にする。
大帝の顔は見なかった。
どうせ、心底呆れた表情しか乗っていないのだ。
無暗に落ち込みたくはない。
今は早く、自室に籠って泣きたかった。
事情を察知して甘やかしてくれる兄弟機に縋りたかった。
通信でしか会えない、優しい兄とどこか抜けた弟。
本当は昔みたいに同じベッドで団子になりながら眠るのが、一番の回復方法だ。
しかしあいつ等にも、勿論俺にもしなければならない仕事は山ほどある。
だから今日もまた、ぐずぐずに泣きながら彼らと語り明かして、忘れてしまおう。
嫌なことなんて全部。
大帝の冷たい視線や、嫌味をたっぷりと込められた排気音など、全部、全部。

だから気が付かなかった。
大帝があの時、どんな表情をしていたかなんて。




気が付けば、部屋の中は真っ暗だった。
通信に集中するために照明を切っていたのに、肝心の通信が切られてしまい唯一の光源がなくなったのが原因らしい。
覚めきってないブレインと暗闇に慣らす為にカメラアイを拡げながら、残されたメッセージを確認する。
どうやら長い間スリープモードに入っていたらしい。
メッセージは大分前に届けられていた。
弟はともかく、兄は研究が忙しいだろうに、無為に時間を使わせてしまって申し訳ない気分になる。
後で高純度のエネルゴンを送ってやろう。
そう思いながらメッセージを再生した。

内容は予想した通りの物だった。
たまにはゆっくり休め、無茶はするな、辛くなればこちらに来い、いつでも待っている。
兄は通信の最後には必ず、これを言う。
俺が聞く前に寝落ちしたから、メッセージとして残したのだろう。
ついでとばかりに添付された画像には、おどける弟の姿が映っていた。
俺を元気付ける為と思われる。
その心遣いに、また冷却水が少しだけ溢れたのは、彼らには内緒だ。

目元に溜まりを作っていた冷却水をぐしりと拭い、気持ちを切り替える為に伸びをした。
この部屋を出れば、いつもと同じ俺になる。
不遜で、我儘で、失敗ばかりのナンバー2。
それでいい。
これでいい。
少しでも大帝の気を引きたくて始めた裏切り行為に、いつもと同じく精を出す日々。
うん、俺はこれでいいんだ。
俺が選び取って始めたんだ。
今更何を迷うことがある?
本当に、兄の言葉通り、逃げ出してしまおうか?
そうすればこんな辛い生活は終わる。
昔みたいに兄と実験の成果を張り合って、弟とどちらが速く飛べるか競い合う、楽しい楽しい生活に戻るのか?

「…無理、だなぁ」

また、泣きそうな気分になる。
もう、大帝の側から離れることなんて、出来ない。
出来なかったからこそ、三年、待ったんだ。
三年も、あの人が積み上げた物を崩したくなくて、頑張ってきたのだ。
大帝が帰還したあの日、ただ一言貰えた労いの言葉に、有り得ない程心躍った自分が居た。
その事実が、何よりの証拠じゃないか。

「諦め悪いよな、俺」

うっすらと自嘲を込めて、笑う。
それだけでこの暗澹とした面持が晴れる、気がする。
自室の扉を開けた。
ネメシス艦内はエネルゴンを節約する為に必要最低限の明かりしか付いていない。
その僅かな明かりが自身の機体に反射して、白銀が淡く光る。
俺の大帝への想いみたいだと、漠然と思った。
弱弱しい、僅かな光。
だが消えることのない光。
困った、何時になく感傷的過ぎる。

このままでは堂々巡りを繰り返すだけなので、足早にメインルームへと向かうことにした。
情報参謀に会えばいつもの調子を取り戻すだろう。
そう期待して、通路の角を曲がる。
はずだった。

ぐい、と腕を引かれ、悲鳴を上げる前に連れ込まれた大帝の自室。
乱暴に寝台へ投げ出され、受け身に失敗し腰を強く打ちつける。
抗議しようと顔を上げると、首を押さえつけられた。
口答えは許さないらしい。
せめてもの抵抗にと腕を伸ばすが、それさえも纏めて頭上に縛り付けられた。
大帝は無表情に、見下ろしてくる。
理不尽さには慣れたつもりだったが、先程の今だ。
抗議の一つもしたくなる。

「うー!うヴうぅー!」
「黙っていろ」

一睨み。
あまりの強い眼光に、震えが背を走った。
だがここで抵抗を止めればいつもの折檻となんら変わりない。
それでは、意味がない。
少しでも拘束を外そうと、足と腕をばたつかせる。

瞬間、首を押さえつける力が強まった。
発声モジュールごと潰そうとしているのか。
そりゃ、自他ともに認めるお喋りな口ではあるが、何もそこまでしなくてもいいではないか。
そんなにも俺は、俺の言葉は、届かないものなのだろうか。
辛い、苦しい、息が出来ない。
それは単に首が絞められているからではない。
心が、軋む音を立てているからだ。

「……」

大帝は何も発しない。
常ならば俺を酷く侮辱してくるその低い声は、まだ聞けていなかった。
赤い瞳はただ射抜いてくる。
どうして俺ばかりが、こんなにも振り回されなければいけないのか。
情報参謀のように尽くして尽くしていれば、少しは労ってくれるのだろうか。
科学参謀のように古くからの知り合いであれば、気兼ねなく会話出来たのだろうか。
弟のように、一心に慕っていれば、こちらを向いてくれたのだろうか。
敵方の司令官のように、素直であれば、或いは…。

「何を、泣いている」

止めどない涙が溢れて、寝台を濡らしていく。
もう耐えられない。
もう無理だ。
ぶちまけてしまおう。

「っ…も、う…!」
「…何だ」
「おれ、をっ…ふ…ぅ、りまわ――さな…ぃ、で…!」

首を押さえる力が刹那、弱まる。
その隙をついて体を反転させると、少しでも大帝から距離を取る為に腕に力を入れた。
が、今度は容赦なく体を寝台に縫い付けられる。
肩が、頭が、強い力で押さえつけられ、ギシギシと耳障りな音を立てている。
荒い呼気が、聞こえてきた。

「我の気も知らずに…貴様は…!」
「っは、…あんただっ、て…俺の……気持、ち! かっ、ん…がえたこ、と、あるの…かよ…!」
「こ、のッ、愚か者が!」
「暴力で…し、か、押さ―ぇ、つ…け、ら、っない……くせ――に、」
「…ッ」
「お、れ、…は…体の…ぃいっ――人形、じゃ、ね…え…!」

抜き身の言葉が突き刺さる。
思わず敬語も取っ払い、投げ出すように紡ぐ抗議。
冷却水は過剰に分泌され、寝台に吸い込まれていった。
恥も外聞もなく、それこそ兄弟の前のように、嗚咽が止まらない。
すると、頭を押さえつけていた手の力が弱まり、拘束が緩んだ。
だが最早逃げ出す気力も湧かない。
両腕を唯一の味方として、自らを抱きしめた。
足を引き寄せ、殻に閉じこもる。
頬を濡らす冷却水が、異様に冷たかった。

互いに、何も言わない。
言葉が出ないのかもしれない、話す必要がなくなったのかもしれない。
それはそれで辛いことだ。
俺にはもう嬲る価値さえもない、ということなのだから。
側に置いてもらうだけで、良かったのに。
先を望んでしまったことへの罰だろうか。
だけど、他にどうすれば良かったってんだ。
自意識過剰で、自惚れ屋の俺に、素直になれってか。
それが出来てりゃ俺は今頃、部下にも愛されている名実揃ったナンバー2として君臨しているだろうよ。
そうじゃない現状が、揺るぎない現実なのだ。

大帝は、何も発しない。
触れてもこない。
震えるスパークによって機熱が上がり、ブレインに過負荷をもたらすが、俺は何も対処できずに居た。
このまま強制スリープには入れたらどんなに楽だろうと、そればかりが思考を占める。
消えてなくなりたい、全てを拒絶したい気分だった。

「貴様、は」

零れ落ちた、言葉。
それは敏感になった聴覚センサーでもやっと拾える程に小さなものだった。
暗澹とした面持のそれは、俺の気を引き付けるには十分な物。

顔を上げる。
カメラアイに、視界に、大帝の姿を映し出す。
光度の低い照明の下、逆光になった大帝の顔は、よく見えなかった。
ぱちぱちと瞬きをして、暗視モードに切り替える。
見えてきたものは、苦虫を噛み潰したような、けれど何かに耐えるような、そんな表情だった。

「何故、我を悩ます。何故、我から離れようとする。どうして我の、」

大帝の鋭い爪が、照明の光を反射し、刃のように光った。
何故か。
大帝が俺に向けて手を伸ばしてきたからだ。
だが、避けようと思わない。
思えなかった。
この手を避ければ大帝の本心を聞く機会はなくなり、俺は本当に一人ぼっちになってしまう。
そんな予感めいた思いが、湧き上がる。

「スパークを、振り回すのだ」

労わるような、その仕草。
つい、と頬をなぞり、顎を伝い、胸に落ちる、鋭く尖った指。
そこに傷付けるような意思は感じられず、ただ確認しているようである。
面映ゆい感覚が、スパークに去来する。
望んでいたものを与えられたような、感覚。
戸惑いを滲ませながら、それでも嬉しい、と思った。
今、手を伸ばせば、きっと触れられる。
今なら、きっと、優しく握り返してくれる。
それを、期待してもいいのだろうか。
俺が、彼に。

惑う俺の手を、大帝は、メガトロンは掬い上げた。
そしてそのまま、握りしめられる。
そこから伝わる機体熱に、これが現実だと思い知った。
温かい感触。
俺の機体を触る片腕は変わらずに優しく、俺の存在を確かめるように滑っていく。
今まさに、俺は、メガトロンに必要とされている。

「メガトロン、さま」
「答えろ、スタースクリーム」
「…メガトロン様、マスター、俺の、マスター…!」
「……また泣くのか、貴様は」

装甲を冷却水が流れ落ちていく。
指の一つ一つに伝わる熱が、心地良い。
そうか俺は、これが欲しかったんだ。

「メガトロン様、俺は」
「ああ」
「貴方に、認められたいと、ずっと、それだけを考えてきました」
「ああ」
「貴方のお役に立ちたい、その感情が、色を帯びてきて、俺は」
「ああ」
「貴方の気を引きたくて、馬鹿なことをして、だけど、俺は、貴方を」
「…ああ」
「お慕いしていたんです、メガトロン様。ごめんなさい、愚か者で、だって、他に、分からなかった…!」

一つ一つ、思いを口にする度に、スパークが熱くなるのを感じる。
本心を吐きだせていると理解しているからなのか、それとも、彼の人への想いが一層強まっているからなのか。
俺にはもう分からない。
眼前におわすいとしい人は、ただ見ている。
俺を、見ている。

「おれ、は、」
「…」
「あなたが、欲しかった…あなたに認められたかった、あなたの隣で、ずっと…!」
「そうか」
「ふっ…う、うぅ…あ…!」
「泣くな、スタースクリーム」

ぼたぼたと落ちる冷却水に際限は見られない。
それでも拭い続けてくれるメガトロンは、きっと、俺の気持ちを、受け止めてくれた。
そう、自惚れたい。

「…一度しか言わぬ。よく聞け」
「…?」
「貴様は、我のものだ」
「っあ…」
「我に尽くし、我の為に在れ。それで良い。」
「はい、はい…!」
「離反は許さん。傍に居ろ。良いな」
「メガトロン様…!」

ただ、抱き付いた。
握り締めていた手は離れたが、それよりももっと暖かで、大きくて、愛しいものを手に入れた。
彼の人の太い首に腕を回し、ぎゅっと閉じ込める。
大帝はその無礼とも取られかねない行為を容認し、俺に返してきてくれた。
その事実に、また、止めどなくスパークは燃ゆる。
ああ、これが、幸福。

「あ、あい、あいしてます…!」
「…泣くな、愚か者が」

優しく背を撫ぜ、一言。

「我は愛など分からぬ。だが、離したくないと思うことが愛ならば、恐らくそうなのだろう」

しばらくそうして、抱き合っていた。
互いの熱が、愛しかった。





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『おんやぁ、随分とスッキリとしてるじゃねぇか』
「…まぁな」
『えっ、何だよなんかイイことでもあったのかよ!?』
「…一応」
『へぇ、良かったな』
『ヨかねェーよクラッカー!俺らの知らねェところで面白いことがあるとか俺ァつまんなくて死にそうなのに羨ましい!』
「うるせぇ馬鹿ワープ」
『黙れ馬鹿ワープ』
『俺の方がスペック高ェこと忘れんじゃねェぞお前ェら!』
『で、実際問題、もう大丈夫なのか?』
「おう。あー…なんだ、心配…かけて、ごめん」
『おやおやァ?スクリームがそんな殊勝なこと言うなんざァ、明日は電磁波の雨が降るねィ』
『煽るな、ワープ。…スクリーム』
「んあ?」
『お前が幸せなら、俺たちも幸せだ。…おめでとう』
「…!」
『…まっ、そうだな。おめでとさん、スクリーム』
「………ありがとよ、お前ら」


色違いの兄弟は、静かに笑い合った。
2013/04/30
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