なんて貴方は馬鹿なんだ。

そう呟かれた言葉は床に落ちて、聴覚センサーまで跳ね返ってきた。
リペアルームの、最奥。
ラチェットは気を利かせて出ていった。
彼にも側に居てやりたい機体が居るのだから、その気遣いと焦りがない交ぜになった行為が有り難かった。
今この場に居るのは、私と、目の前の男だけ。

酷いことを言う。

そう返せばただでさえ歪んでいた口許はもっとヒン曲がり、機体熱が端から見ても上昇していくように見える。
彼の口は、彼の感情を素直に伝えてくれる。
分かりやすくて非常に助かっていた。
クールで時折お茶目な彼は、自身の感情を隠すのが割かし上手いのだ。
それを、こうもあのニヒルな笑みから溢れさすのは、自分くらいだと自負している。
ただこれを口に出すと彼に嫌われる可能性があるので出来ないが。

貴方は、貴方は御自分の立場をお分かりか。

非難めいた声はブレインを刺激し、流石に罪悪感を芽生えさせた。
ふざけたことを言っていたとしても、彼を悲しませたのは事実である。
私の副官として己の職務を全うし、かつ私の大切なパートナーである彼を、ここまで不安にさせたのは、紛れもなく自分だ。

分かっているとも、だが君を失うことが怖かったのだ。

本心を真摯に伝えると、ついに彼の機体熱は限界まで上昇しそれに伴い冷却水がバイザーの下から流れ出ていっていた。
彼は涙まで美しいらしい。
白と黒の機体を滑る液体は透明で、照明に反射し彼を煌めかせる。
綺麗だ。
漠然と、そう思った。

貴方はなんて馬鹿なんだ。

力なく伸ばされた手を握る、力一杯、握る。
熱い手が、冷えた体には心地良い。
この熱も何もかも、失われなかったことが、とても、嬉しい。
この身を投げ出して良かったと素直に思える。
それは彼が愛しいから。
彼の代わりなど居る訳がないからだ。

ああ、私は馬鹿者さ、だから君が必要なんだ。

握った手をそのままに、引き寄せ、抱き締めた。
大柄な私の体にすっぽりと収まるその姿。
どこも損なわれていないその姿。
愛しくて、恋しくて。
抱き締める腕に力を込めた。
私の体に障りがあるといけないから、と抜け出そうとする体を離したくなかった。
諦めて、力を抜く機体に、顔を寄せる。
声が聴きたい。
彼を感じたい。

私を置いていかないで、くださいね。
ああ、勿論だとも。
絶対ですよ、コンボイ司令官。
約束する、マイスター。

そう言って、触れるだけの口付けを交わした。
死が二人を別つまで、共に居れたらいいと。
死の淵から生還した男が言ったところで説得力はないな、そう言えば、私が毎回引き揚げますから大丈夫ですよ、と囁き声。
二人でくすりと笑いあった。

ああ、生きていて良かった。
あとがき 2013/04/23
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