鳥は空を飛ぶから美しいのだと、この上なく実感した。


以前ぶち折った羽はようやく再生されたらしい。
ぴょんぴょんと、感触を確かめるようにその場で跳ねている。
どこか滑稽に映るのは、それをしている者がひどく真剣な様子だからだろうか。
思いつめた顔で、何度も何度も、撫でさすりながら、小さく跳ぶ。
暫くして、ようやく納得がいったのか、思いつめていた顔が、急ににんまりと輝いた。
そして、ステップでも踏むかのように歩き出す。

「何処へ行く」
「ほへえ!? マ、マスター…?」

一変、眉も羽もぐいんと下がり、怯える顔つきになる。
語尾まで震えて、情けないことだ。

「何処へ、行く」
「あの、そのぉ…ちょっと、飛んでこようかな、って…」
「ほう、我の許可も得ずにか」
「めめめ、滅相もない! これから伺候しようと思っていたところでありますです!」

にやりと笑ってやれば、今度は焦った顔で伺いを立ててきた。
よくもそこまで表情パーツが動くものだと感心する。
顎に手を当て、考え込む仕草を取ると、奴の羽は更にがくりと下がっていった。
余程、飛びたいのだろう。
シーカー、ジェットロンの『空を飛びたい』欲は、時折驚くほどの頑固さを見せる。
そういえば、今回の折檻は修復にかなりの時間を要した。
回復力の高いこ奴といえど、長期間の静養は免れなかったらしい。
その間に、鬱屈した欲が溜まったのか…。
じっと目を見る。
怯えてはいるものの、そこには空駆ける者の、空への憧れが確かにあった。

「…よかろう」
「えっ!?」
「飛び立つ許可をやろう。ただし、我の監視付、だ」

さぁ、どう出る。

「本当ですか! 良かった、さぁ早くブリッジに行きましょう!」

…何だと。

「…良いのか」
「何がです? メガトロン様もお飛びあそばされるんでしょう? 早く行きましょうよ、月が陰っちまいますよ!」

さっきまでの顰め面はどこへやら。
急に元気になった羽はぴんと立ち、浮足立つ細い脚は地団駄と変わらぬステップで、我を急かす。
ついには腕まで引かれる始末。
こ奴は、何を考えているのだ?

「…ブリッジの開閉許可を出しておけ」
「アイアイサー!」

満面の笑顔しか、そこにはなかった。

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怜悧な空気が、体を滑る。
冷たい光が、雲を、機体を、貫く。
今宵の月は少し欠けていた。
満月ではない、不完全な月。
その光に照らし出されるように、スタースクリームは空を飛んでいる。
明るい月光の前では、星はあまりに頼りない。
だが、一番の星が、その月光によって美しく照らし出されていた。
不思議な男だ、メガトロンは眼前でくるりくるりと曲芸飛行を繰り返す己の副官を見詰めながら、思った。

「スタースクリーム」
「はい、メガトロン様!」
「何を考えているのだ」
「…と、言いますと?」

速度を落とし、平行に並ぶ。
スペースシップであるメガトロンと比べると、スタースクリームの単発戦闘機はどことなく頼りなさげに見えた。
それがそのまま、二機の態度にまで表れている。

「何をそれほど、上機嫌になっている」
「……それを聞きますか」

ついと、戦闘機が動いた。
月光が乱反射する。
それは戦闘機によって作られる、目が眩むような、星屑の輝き。

「もう、空を失いたくないんですよ。四つ足の様に地べたを這いずり回るなんて、御免だ」

羽が震える。
それは歓喜か、哀切か。

「俺はジェットロンですよ、マスター。空を駆ける鋼の鳥。空がなくては、生きていけねぇ」
「そこに、我が居ても構わぬのか」
「あんた様も空をお飛びあそばされるじゃありませんか! この気持ち、お分かりになるでしょう?」

欠けた月が嗤う。
怪しくも、荘厳な雰囲気だ。
戦闘機はスペースシップに寄り添った。
共に飛べることを、喜ぶかのように。

「俺はもう、貴方の鳥ですよ」
「…初めからそうであれば、我は苦労せずにすんだがな」
「それは…その…すみません…」

冷気が体を通り抜けていく。
だが嫌悪感はなかった。
空を飛ぶということは、それと戯れることなのだから。
ふと、気付く。
こ奴が空を飛ぶ姿は、美しい。

「たまには、気負わずに飛ぶのも、良いかもしれぬな」
「でしょう?」

一瞬、驚いたようにぴくりと呻いた機体は、すぐにくるりと宙に翻った。
上は月、下は雲海。
美しい景色に、華麗に飛ぶその姿。
ああ鳥とは、自由に羽ばたくから、美しいのだ。

「ねぇ、マスター」
「なんだ」
「もう少し、このままで居たいです」

その言葉に答えるように、速度を上げ、星を置き去りにする。
星は歓声をあげながら追い付き、揃って曲芸飛行を繰り広げた。
見守るのは、欠けた月。
完璧でないからこそ、安心できる。
そんな気が、した。

あとがき 2013/04/17
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