*オプラチェ←ホイジャといいつつ、ミコちゃんとホイジャが喋ってるだけ



基地に爆音が響く。
特徴的なギターリフから始まるその音は、聴く者の心を一瞬で掴んだ。
そんな曲だ。
それを大音量で流しているのは、基地に出入りする東洋人の少女だった。
ロック趣味の少女は相棒が自分を連れていけない任務に出かけると、こうして暇を持て余すように好みの曲をかける。
普段は自ら弾くギターを横に置き、音に聴き入る少女。
その隣に、白と緑の差し色の機体が並ぶ。

「弾かないのか?」
「世界的なギター奏者の曲だよ? さすがにまだまだ聴きこまないとそんな気おきないって」
「ほう、著名であらせられるのか、この歌は」
「そ。あたしが生まれる20年くらい前の曲だけどね。今聴いても色褪せないってすごいよねー」

普段は騒がしい少女の、きりとした顔に、白と緑の機体も何かを感じ取ったのか、曲に集中する為に黙る。
既に二度目のサビに入ったところで、白と緑の機体――ホイルジャックは口を開いた。

「これは…浮気の歌か?」
「惜しい! 浮気じゃなくて、自分以外の男を好きな女を好きになった男の歌、だよ」
「ほう、これはこれは」

ホイルジャックの口に、ニヒルな笑みが浮かぶ。

「旦那さんのいる女の人を好きになったんだって。これを作った人が。しかもその旦那さんは自分の親友だってさ。でも、どうしても好きだーって思いをぶちまけたくて、作ったらしいよ」
「勇気のあることで候」
「あっはは! だよねー。でも、名曲には違いないよ。ずっと聴いていられるでしょ?」
「確かに」

曲は終盤に差し掛かり、緩やかなピアノのメロディーが中心になっている。
前半のギターバトルから一変、バラード調のメロディーは繊細な響きを持っていた。

「すごい変化だよね。まるで恋の駆け引きみたい」
「そういう経験があるのか」
「ん〜〜、ない!」

けたけたと笑う少女――ミコの笑顔は悪戯が成功したときのように輝いていた。
ホイルジャックは肩を竦め、悪戯好きの少女に非難を表明する。
リピート再生にしていたのか、件の楽曲はまた頭から始まっていた。

「でも、この後結婚するんだよ、この人たち」
「…意外で候」
「あたしもそう思ったけど、お母さんから細君譲渡問題を聞いてからそういうもんなのかなーって思っちゃった」
「細君譲渡問題?」

ギターを手に取り、絃を弾きながら、ミコは記憶を呼び起こすように視線を右上に向けつつ、話す。

「日本…あ、あたしの国ね。あたしの国の、むか〜〜しの小説家の奥さんに詩人…そう、友達の詩人が惚れちゃったんだって。で、その奥さんを譲る、いややっぱり駄目だーっておっきな騒ぎになったんだって。でも、結局小説家と奥さんは別れて、詩人と再婚するの。お母さんがさ、これ聴いてる時に教えてくれたんだ。似てるよねって」
「ふむ、確かに。才能ある者が横恋慕するあたりなど、そっくりで候」

ギターリフが流れる。
男の声が愛しい女の名を呼んだ。
どれ程の思いの丈を含んでいるのか推し量れぬ声で。

「人種も時間も違うのにね、やっぱり人間って変わんないんだなぁって思った」
「…侮蔑かな?」
「ううん。違う。それだけ、『好き』の気持ちって抑えられないものなんだよ」

ミコの視線が、ついとグランドブリッジに向けられる。
彼女の相棒はあそこから出発し、あそこから帰還するのだ。
待ちわびていることが容易に知れた。
幼い少女の、『好き』が、そこには詰まっている。
バラードが流れる。
穏やかなメロディーは、ミコの心を表しているようだった。

「私は、もう離れないって、誓ったの」
「…」

ホイルジャックのオプティックが、穏やかな色に染まる。
いつのまにやら自身の友人は、大層な伴侶を見付けていたようだ。
あのインセクティコンとの一戦でも思ったが、この少女の苛烈でありつつ真っ直ぐな強さは本物だ。
後でバルクヘッドをからかってやらねば。
そう思うと、ホイルジャックの視線は、自然と穏やかになる。

「ね、ホイルジャックにはさ、居るの?」
「む?」
「好きな人。居ないの?」

好きな人、好きな機体、好きな――。
リフレインする言葉に答えるように、ブレインには、とあるトランスフォーマーの姿が浮かび上がった。
白と赤の装甲、小言を並び立てる口、射抜かれるような緑がかった青の目、並び立つ赤と青の巨躯。
今、自身の真後ろで、浮かび上がる姿そのままに並び立つ機体の、片割れ。
地球に来てから出会った、旧友のチームメイト。
お高くとまっていると思いきや、意外と好戦的な無茶もさらりとこなす、見ていて飽きない機体。
二人で基地の整備について話し合う姿は、何度なく見ている。
見ているしか、出来ない。

「…居る、と言えば満足するか?」
「えっ、嘘、誰!?」
「くくくっ、冗談で候」
「……もー!! ホイルジャックの馬鹿!!」

また、ギターが掻き鳴らされだした。
もうすぐ愛しい女の名を呼ぶ歌が始まるだろう。
それは多分、今の己と同じ気持ちで紡がれるのだ。
伴侶の居る者に惚れた、馬鹿な男として。

「さもありなん」
「?」
「何でもないで候」

人種も時間も違っても、自由意思がある限り、どこか同じなのだろう。
我々と、人間も。
だが、得る結果は如何であろうか。
愛しい女を振り向かせるのか、否か。
什麼生!

「――難しいな」
「…ラチェットー! ホイルジャックがなんか変なこと言ってるー!」

少女の口からもたらされた、レイラの名前。
ぐるりと振り向くホイルジャックの視界には、白と赤の機体しか、映っていなかった。

「診てあげてよ! さっきから意地悪ばっかり言ってるし!」
「ふむ、確かに定期診断の時期も近いし、良い機会かもしれないな」
「いや、ドク、拙者はどこも悪くないで候」
「…こちらに来い、ホイルジャック」

ぶわりと広がる殺気に、流石に片割れも気付いたのか、ラチェットの肩に優しく手を置く。
その光景に、こちらが殺気立ちそうになるのは、致し方ないことだろう。
ホイルジャックはそう思い、足を踏み出した。
ラチェットと片割れ――オプティマス・プライムの絆は固い。
自身が割入る隙間などなさそうなくらいに。
だが、無理にでも抉じ開けなければ、勝ち取れないのだ。
レイラの、愛は。

「(Layla, you've got me on my knees.)」

『好き』の気持ちは抑えられない。
ミュージシャンも、詩人も。
ならば武人である自分が抑えられなくとも、不思議ではないだろう?

「(説破、といこうか)」

激しいギターリフが聴こえる。
愛しい女の名を呼ぶ男の声が、聴こえる。
それがいつしか自身の声となることを、ホイルジャックは気付いていた。
2013/04/15
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