これの前日譚



 豪快な爆発音がネメシスに響き渡る。
危険を知らせる赤いライトはけたたましく点滅し、命令系統は突然の事態に機能を著しく低下させていた。

「何事だ!」

 ネメシスの主、メガトロンの鋭い声が混乱を跳ね除けようと轟く。
素早く反応した情報参謀サウンドウェーブが爆発音の音源であろう場所をメインモニターに展開した。
どうやらディセプティコン2スタースクリームの私室が根源らしい。
扉は爆発の影響だろうか、ばらばらに破壊され、もうもうと煙を噴出している映像が画面にあった。
メガトロンの唸り声が漏れ出す。
近くにいたビーコンが逃げを打とうとして、メガトロンの右腕に捕まった。
八つ当たりで殴られ昏倒するビーコンが一体生まれた瞬間である。

「あの…愚か者があああ!!」

----

「……これは何だ」
「『スキャンした結果は』『スタースクリーム!』『のようです』」

 スタースクリームの部屋に急行したメガトロンとサウンドウェーブの見た光景。
それは、明らかに爆発した部屋にちょこんと座る、小さな機械生命体。
銀色の機体に、二対の羽。
飛び出た赤い触角に、赤いオプティック。
そして胸にはディセプティコンのインシグニア。
恐らく、いや十中八九、スタースクリームだ。
…幼体の。

「小さいぞ」
「『爆発』『の結果』『でしょうか?』」

 きょとん、と見上げてくる幼体は、普段見ている喧しい2が縮んだようにしか見えない。
であるからして、この幼体がスタースクリームだと認めよう。
ただ、何故見上げてくるオプティックに洗浄液が溢れて来ているのだ。

「ふっ…ふぇ…びゃあああああああ!!」
「な、泣き出したぞ!」
「『わー』『超ウルサイって感じ!』」

 小さなスタースクリームは、まるでこの世の終わりが来たとでも言いたげな音量で、泣き出した。
わんわんと、聴覚センサーと音声モジュールが焼き切れるのではないかと疑う程に大声で。
加えて、スタースクリームは元々地声が高い。
それが幼体に縮んだことによって、更に高くなってしまっている。
金切声と言ってもいい。
 つまり、ものすごくうるさいのだ。

「びゃあああああ!びゃあああああああっ!!」
「う、うるさいぞこの愚か者が!」
「『メガトロン様』『逆効果とでも言うべきかねぇ』」
「こわっこわいぃぃぃぃぃ!しゃ、んでぃ…!わーぷぅ…!!」

 えぐえぐと泣きわめく小さなスタースクリームと、おろおろと立ち尽くすしかないメガトロン。
珍しい光景だとサウンドウェーブは冷静に対処しているように見せかけて、動画撮影に余念がなかった。

 結局、スタースクリームに泣き疲れてスリープモードへと移行してしまう。
ようやく耳を騒がすものがなくなったと案著するメガトロンと、集まってきたビーコンを散らすサウンドウェーブに、とりあえずスタースクリームを摘み上げるメディックノックアウトと、ネメシスの幹部クラスが部屋の前には揃っていた。

「どういう現象なんでしょうね、これは」
「解明しろ、メディックノックアウト」
「手がかりが足りませんよ、マスター」
「おーい、なんか通信来てるぜー」

 ひょこ、と顔を出したのはウォーブレークダウンだ。
中央制御室に、どこからか通信が入っているらしい。
管理官であるサウンドウェーブを呼びにきたようだ。
そしてメディックノックアウトが摘み上げている小さなスタースクリームの姿に、目を輝かす。

「スッゲー! 小さい、小さい!」
「丁重に扱ってやれよ、それは一応航空参謀殿なんだからな」
「『では』『仕事に行ってきます』『お休みになられますか?』」
「そうしよう…妙に疲れた…ああ、あとショックウェーブに連絡を取れ。アイツはこういうことが専門だろう」
「『分かりました』」

--------

 結局、通信は件のショックウェーブからであった。
スタースクリームと共同開発をしていたウィルスが完成間近なので、数日前に予備を送ったのに返信が全く来ないので中央に連絡を取ってみたところ…という内容だった。
二人で作っていたのが神経中枢に作用するウィルスだったため、スタースクリームが不用意に弄り回した結果、思いもよらぬ効果をもたらし、今に至る。
というのが、ショックウェーブとメディックノックアウトの見解だ。

 それを、神妙な顔つきで聞き入る機体があった。
スタースクリームと同じ、細い手足に大きな羽と触覚を持った、ジェットロン。
片方は黒を基本とした体に紫の差し色が妖艶な機体、もう片方は青を基本とし差し色の赤が爽やかな機体の二人。
青の方には事件の大本、スタースクリーム(幼体)が抱かれている。
今はすよすよと眠っているが、この二人が来るまで泣き通しだった。
特にメガトロンとサウンドウェーブが近付くとひどい有様だったので、面倒は主にウォーブレークダウンとメディックノックアウトが見ていた。
閑話休題。

「という経緯だ」
「頭痛でヒューズが吹っ飛びそうだ…」
「オーマイガットトゥギャザー…」

 メガトロンの重苦しい溜息と共に吐き出された言葉に、先に反応した方が青い機体――サンダークラッカー。
普段はセイバートロン星で武器の開発や研究を行っている科学者で、今抱いているスタースクリームの兄のような存在である。
次いだのは黒い機体――スカイワープ。
ディセプティコンの中でも諜報や裏方を担当している機体で、単純なスペックならこの三機の中で一番高い。
二人とも、本来ならネメシスへの出入りは自由に出来ない役職にある。
こうして呼び出してるのは、ちゃんとした理由があった。

「お前らでないと、その愚か者は泣き止まぬのだ。なんとかしろ」
「あー…だからショックウェーブは俺に丸投げしてきたんですね…」
「了解ですぜぇメガトロン様!オレ頑張ります!」
「…頑張りまーす……」

 今回の騒動の原因、スタースクリーム。
幼体に戻ったのは、何も見た目だけではない。
その中身までもが、退化してしまったのだ。
そのため、このネメシスという戦艦自体に『知らない物への恐怖』を抱いてしまっているらしく、乗組員を含め全てを怖がり、まともな対話さえ成り立たない。
おまけに脳内侵入プログラムも、幼体へ戻ったことによる記憶のロックの前には役に立たず、彼の持つ情報へのアクセスさえ出来ない状態であった。
スタースクリームはこれでもディセプティコンの2。
そのブレインに刻まれた情報の量と質は、馬鹿に出来ない。
また、ショックウェーブと共同開発していたウィルスも、この一件を解決すれば有能な兵器へと生まれ変わる可能性も大いにあるのだ。
それらを、ヘマをしオートボットにでも奪われたら…。
メガトロンはその微粒子レベルで存在しそうな可能性さえも潰すため、また耳障りな悲鳴を少なくするため、彼の兄弟機へ世話を押し付けたのであった。

そして、件の兄弟機たち。
スカイワープはその機動力とスペックの高さから、戦闘面でのスタースクリームの引き継ぎをすることとなった。
裏方に徹することの多いスカイワープは久方振りの表舞台に、いつになくテンションが上がりきっているようで、元からにこやかな印象が更に軟化していた。
ビーコン達への振る舞いも堂に入っており、メガトロンは一瞬、このままスカイワープが航空司令官でも良いのではないかと思ったほどだ。
ただ、彼は耐久力に少々難があるため、あまり前線向きではないことも配慮し、一応仮のままでおいている。
 対してサンダークラッカーは、スタースクリームの世話と幼体化の原因解明に徹している。
元々、戦闘向きでない性格をしている彼は、自分から離れようとしないスタースクリームの世話が楽しくて仕方ないらしく、ほぼつきっきりだ。
その穏やかな性格から滲み出る雰囲気と柔らかい表情に、優しくされ慣れていないビーコンからの人気も高い。
科学者の頭脳を活かし、ちゃくちゃくと成果を積んでいっている。
 そして、スタースクリーム。
二人さえいれば聴覚センサーを壊しかねない叫び声と同意義の泣き声もあげないし、にこにこと子供らしい笑顔さえ浮かべている。
そのままでもいいのに、というのは一部の子供好きの意見だ。

 とりあえず、ネメシスは平穏を取り戻した。
2013/04/02
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -