セイバートロン星の病院、その個室の中での出来事。
ウルトラマグナスの病室は完全個室だ。彼の地位を考えると当たり前なのだが。そして彼自身は今朝方、目覚めたばかり。
軽いノック音の後、ゆっくりと音を立てないようにドアが開かれる。

「こんにちは、ウルトラマグナス。地球組代表としてお見舞いに参りました。お加減は…あれ?」
「やあオプティマス、どうぞ座ってくれ」
「ありがとうございます…その、えっと…」
「どうやら私を心配して、退院してからもずっと眠っていなかったらしい。さっきようやく寝たところなんだよ」
「…彼は、ずっと貴方を慕っていましたもんね」

寝台の横に座り、ウルトラマグナスの伸ばされた足にもたれるように眠るロディマス。その頭を、彼は優しく撫でていた。

「他の面々は元気か?」
「はい、お陰様で。ジャズは既に馴染んでいますし、ラチェットもアイアンハイドもバンブルビーもサリも、もちろんオメガスプリームも元気ですよ」
「それは良かった」

穏やかな雰囲気だ。ディセプティコンが活発化して以降、常に緊張していた空気が、やっと緩んで来ている。
争いは終わったと、実感できた。

「――君には、礼を言わなければならない」
「私に、ですか?」
「…彼を、生かしてくれてありがとう」

瞬間、ブレインを過る、灰色の巨躯。赤い目を爛々と光らせた、かつての強敵。ディセプティコンの総領にして、唯一絶対の存在。
そして、ウルトラマグナスの、友人。

「彼とは古い仲でね。我らと彼らに分かれる前は、よく二人で友好を深めたものだ…」
「…聞いたことがあります」
「私は君の判断を間違いだとは思わない。我らは元々一つだった。君は我らの行くべき道を示したくれたんだよ」
「…勿体ないお言葉です」

恥ずべきことをしたとは全く思っていなかった。自身の判断は正しいと思っていた。だが、どうしても批判が怖かった。
そんな折に、総大将を勤めた男からの励ましの言葉。嬉しくないはずがない。

「さっき、彼に通信でだが怒られたよ。どうして君が総司令官ではないのかと、な。彼は君に次代の器を見たようだ。私もそうは思うがね」

手を口元に寄せくすくすと笑うウルトラマグナスの顔に、陰りは一切ない。旧友との争いのない再会を、心から喜んでいる。そんな顔をしていた。
対してオプティマスは、複雑な表情をしていた。喜んでいいのか、戸惑っていいのか、分からない。そんな顔だ。

「センチネルにその器がない訳ではない。それは私もよく分かっている。ただ、あの子は中央勤務が長いから、評議会としても安心なのだろう。そこが評価された」
「……」
「だが彼にはそんな中央の思惑など関係ない。彼にとって己を倒したのはオプティマス、君だからな。彼の評価に間違いはない。誇りに思いなさい」

す、と細められた目は、とても慈愛に満ちていた。地球のドラマで見かけた、母親のする目とは、このような物のことを言うのだろう。
オプティマスの胸に、万感の思いが去来する。

「…ありがとうございます」
「センチネルに足りないところ、君に足りないところ、二人で補いながら、もっと成長していけばいい。私はそれが楽しみだよ。きっと、彼も」

自分や友人たちがこの人を越える日が、果たしてくるのだろうか。この人はそう遠くないと言うのだろうが、自分にはかなり先のことに思える。このようにどっしりと構え、後継の成長を素直に喜べるようになるのは。
オプティマスはウルトラマグナスの穏やかな目を見ながら思う。

「この子が君たちと共に進むのは、少し先になる。それが、残念だ…」

ウルトラマグナスが、眠るロディマスの頭を優しく撫でた。
穏やかだった目に、諦めの色が見え隠れし始める。

「もしかして、」
「先の失態を責め立てられてね…既に前線での残党狩りが決定した」

いくら敵対組織の総大将が捕縛されたと言っても、細かな部隊はまだ捕まっていない。反乱を起こされない為にも、撃退と捕縛は絶対条件だ。
例え、その戦闘の激化が必至だとしても。

「この子はもう受け入れている…それに私がとやかく言うことは出来ない…罪滅ぼしだと、己の実力が足りなかった結果だから、と…」
「――心情、お察しします」

ウルトラマグナスのロディマスを撫でる手は、止まらない。そこに確かな愛情があることなど、幼子でさえ理解できるであろう優しい手つきだった。
ロディマスは若く、そして強い。咄嗟の判断も的確で、恐れを知らない、優秀な指揮官だ。
故に彼は失態の重みを理解し、それの挽回に努める為にも前線送りを受け入れた。そうしなければ、ウルトラマグナスの横に立つ資格がないと、思っているから。

「彼、ならば」

オプティマスは、彼の前途にプライマスの祝福があることを、ただ祈る。

「きっとやり遂げます。大丈夫ですよ」
「…ありがとう」

泣き出す寸前の、笑顔だった。
だがとにかく穏やかで、とにかく、暖かだった。

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オプティマスは退室し、二人きりになった。相変わらず真面目な男だと、ウルトラマグナスは思う。真面目で、優しい、部隊長。
その評価が一変した今回の捕り物劇は、どれほどの影響を及ぼすのか。想像しただけで、笑みが零れる。

「何を笑っているのですか?」

音のしなかった室内に、響く声。発信源など、とうに分かっている。

「起きているのなら彼に挨拶しなさい」
「気付いていなかったようですし、過ぎたことじゃないですか」

顔だけをこちらに向けて、ロディマスが笑う。少年のような、快活な表情だ。
彼によく似合っていた。

「…ロディマス」
「なんでしょう」
「辛くは、ないかね」
「いいえ。私は貴方との未来の為ならば、どんな試練だって乗り越えます。乗り越えて、みせます」

ただでさえ稼働年数も階級も違う恋だ。障害は大きく、多かった。それでも二人は共にあると、プライマスに誓い合ったのだ。
ロディマスは身を起し、ウルトラマグナスと真正面から視線を交わす。信念を宿した瞳に、迷いは、ない。

「待っていてください。私はここに戻ってきます。貴方の、ために」

ウルトラマグナスの右手をとり、それに口付けて、ロディマスは誓う。騎士さながらの姿だった。

「…無理はするな」
「勿論です」
「定期連絡は欠かさないように」
「毎日同じ時刻にします」
「メンテナンスも」
「レッドアラートが完璧にしてくれますよ」
「……ロディマス」
「はい」

左手を、ロディマスの頬にあて、撫ぜる。錆の気配など一つもしない、つるりとした装甲。だがいずれ酷く傷付く。この子の行先は死地なのだから。
無事であってほしい。それだけが、今は、願い。

「生きて帰れ。私と、お前自身のために」

ロディマスのカメラアイが見開かれ、そして細められた。口元にじわりと広がる笑み。緩みかけた手を、指を、強く握り返す。

「はい、必ず」

時刻は夕暮れ。二つの衛星が母星を照らし始める時間。
離れなければならない日を思い、恋人達は身を寄せ合う。ただその身に幸くあれと、願いながら。




あとがき 2013/03/18
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