例えばの話。
急な理由で付き合ってもない男と一緒の家に住むことになったとする。
しかも、年も学校も同じだったとして。
…そんなの、耐えられるわけがないんです。
「名前〜腹減った〜」
『………』
「おっと無視すんのかィ?」
『………』
「もしかして、冷蔵庫にあったプリン食べたことまだ怒ってんのか?」
『それお前だったのかそうなのか』
あたしがそう言えば、「やっべ」なんて言いながらそそくさとこの場を離れるコイツ…沖田総悟。
総悟とあたしは、いわゆる同級生だ。ただの同級生だった…はず、なのに。
いつからか総悟は“同級生”から“居候者”になっていたのだ。
どうしてこんなことになったのか…理由は簡単。総悟の親が海外だかどこだかへ仕事で行くことになったから、だ。
どうやらあたしの親と総悟の親は仲がいいらしくて、一緒に住んじゃおっか!みたいな軽いノリで決まったらしい。
もちろんあたしは反対だった。ていうか、年頃の男女が一つ屋根の下はさすがにないと思う。別に何かあるわけじゃないけど。
きっと、総悟も同じ意見だろうと思ってた。それくらいの常識はあるだろうって。
…でもそれは、ほんとにただの予想に過ぎなかった。
「いいんですかィ?なら遠慮なしで…これからよろしくお願いしまさァ。」
なんて、バカみたく猫被ってあたしの親へ頭を下げていた姿を思い出す。
その場で絶叫をすることになったのはあたしだけであって、両親は呑気にニコニコと笑ってたっけ。
呆然とするあたしをよそにさっさと帰って行く両親。その後ろを着いて行く総悟はあたしの横に止まって一言。
「…ま、これからよろしくなァ。仲良くしようぜィ、名前」
同級生だとは言っても所詮同級生だ。話したことなんて指で数えられるくらいしかなかったし、名前で呼び合うほどの仲でもなかった。
…はずなのに、楽しそうに薄ら笑いを浮かべてあたしの耳元でそう言った総悟は今まで見た中で一番ドス黒かったと思う。
こうやって名前で呼んでいるのも実は強制だ。呼ばされている、と言う方が正しい。
今となっては何の躊躇いもなく名前で呼べるけど、始めの頃は顔から火が出そうなほど恥ずかしかった覚えがある。
そんなこんなで、今は二人暮らし。話が飛び過ぎだって?気にしないでくれたまえ。
約一週間前といったところだろうか。あたしの親もまた急な出張で家を空けてしまったのだ。
「総悟くんと二人で頑張ってね」なんて、語尾にハートまでつけて言ってきやがった。今考えても腹が立つ。
それからというもの、総悟の態度が一変。そりゃ、元々よくなんかなかったんだけど。
もっとひどくなったというか、ひどく言えば主従関係と言っても過言ではないと思う。
「お、カップラーメンあんじゃねェか。食っていい?」
『は?やめときなよ。そんなんばっかじゃ栄養バランス悪過ぎる。』
「じゃあ早く作れよ。そうだなァ、ステーキ食いてェ。」
『ファミレスにでも行ってらっしゃいな。ウチではそんな贅沢させません!』
「チッ」
…でもまぁ、なんていいますか。その、よくあるパターンで。
『…しゃあないから、炒飯でよかったら作る。』
「マジですかィ。もちろん食いやすぜ、早く作りなせェ。」
『…偉そうな。』
一緒にいるようになって、好きになっちゃったっていうか。
この気持ちに気付いたときは自分のことながらも相当驚いた。だって相手は沖田総悟だ。
ドSで魔王で、口が悪くて性格も最悪。おまけに私にコキ使う。
それでも、時々見せる優しさにキュンとしてしまったのだ。きっとこれは一生の不覚。
総悟に好きな人がいるのかなんて知らない。一緒に暮らしているとしても、恋愛話なんてものにはならないから。
個人的には気になるとしても、何となく聞く勇気もない。流されて終わりな気がした。
だから何かきっかけあるまで待っておこうなんて意気込んでみたものの、そんなきっかけが訪れることなく。
「味は濃いめでお願いしまさァ。」
『ん、了解。』
そのまま放置状態になっている、というわけだ。もう一度言う、個人的には気になってるんだけど。
チャンスがないものかと探ってみても、コイツに隙なんか見つかりもしないし。
言わば守りは完璧なのが総悟で。あたしから言わせれば悔しくて仕方ない。
…あれ、なんか話が脱線してる気がする。とにかくあたしは、総悟のことを好きになってしまったと。
「…そういや名前、」
『え?なに?』
「実はずっと気になってたんだけどねィ、」
『どした?』
「名前って、好きな奴とかいるんですかィ?」
…あれ、それはあたしが聞くはずだった…ていうか、あれ?何かがおかしいぞ。
違和感を感じた…いや、明らかにおかしい腰元に視線を移せば、いつの間にか総悟の腕が巻き付いていて。
『…なにしてんの、』
「なァ、好きな奴とかいるのか?」
『っ…ど、どうでもいいでしょーがっ!』
息がかかるほどの距離でもう一度問われて、思わず顔が熱くなった。
炒飯を作っていたはずの手は完全に止まってしまっている。少しだけ、焦げた匂いがした。
作れないから、と言っても無言で首に頭をうずめてくるだけ。正直なところ、料理どころじゃない。
いきなり過ぎる意味の分からない総悟の行動にもう心臓はバックバクだ。
「あと10秒以内に答えねェとああなってこうなってもうどうしようもないことになりますぜ。」
『なにそれこっわ!』
「はいじゅーう、きゅーう、はーち、なー『分かった!答えるから!やめてその死へのカウント!』最初っからそうすりゃよかったんでさァ。」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべる総悟に冷や汗が流れた。こうやってすぐに折れてしまう自分を憎む。
「で、いるんですかィ、いないんですかィ」と怖くなるくらいにニッコリとした表情で聞いてくる総悟。
この笑顔は危険だ、伊達に総悟と過ごして来たわけじゃない。危険センサーが反応している…!
相変わらず体勢はそのままで、首にかかった蜂蜜色がくすぐったい。
『す、きな人は…』
「好きな人は?」
『……い、』
「い?」
『…い、いま…す、けど』
「……ふーん、いるのかィ。」
表情は見えないから分からないけど、心底つまらないとでも言いたそうな声でそう言う総悟。
緊張と恥ずかしさで固まって動けないあたし。あ、炒飯焦げてる。
もう終わったのかと思いきや、「で、それ誰?」とこれまたニコニコとした微笑みで聞いてきた総悟になぜだか段々と腹が立ってきてしまいまして。
さっきまでの羞恥心はどこへ行ったのやら、あたしはこんな言葉を吐き出していた。
『お前じゃボケ!ほらこれで言ったからね!ほら、焦げちゃったじゃん!片付けるから退けて!』
勢いよく言ってみれば案外簡単に離してくれた。緩くなった腕からすり抜けて、炒飯の真っ黒に焦げた部分だけを取り除く。
また何か言われるかと思った。バカかとか冗談キツいとか…そんなふうに言われると思ってたのに。
今のこの状況で言えば、あたしは告白をしてしまったわけであって。こんなふうに振る舞ってるけど、余裕なんてない。
きっと真っ赤になっているであろう顔が見えないように俯いて皿に残った炒飯を盛りつけた。『はい、』と言って差し出す。
だけど受け取ってくれる気配も、イスに座って食べる気配も全くない。
どうしたものかとチラリと総悟の方を見てみれば、そこにいたのは最早総悟じゃなかった。
『……な、によ』
「………」
口元を押さえて俯いている総悟。耳まで真っ赤にして、その場に立ち尽くしている。
『…っ、ほら!冷めちゃうから!あたしは部屋に戻るね!なんか眠くなってきちゃった!』
照れ隠しに早口でそう言う。エプロンの紐を解いて、ポイと投げ捨てた。
足早に自分の部屋の方へと足を進めれば、ふいに後ろから聞こえてきたこんな声。
「……やべェ」
その数秒後、後ろから思いっきり大きな腕で抱きしめられた。
まさかまさかの大逆転「…マジ俺かっこ悪ィ…お前…男前過ぎまさァ…」
『おっ、男前?!言われたから言っただけだもん!』
「…あー…かわい。」
『?!!?!?!?』
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雛雨様へ!お待たせしました!
沖田同棲いちゃらぶ…のはずが居候になりました。笑
ごめんなさい、でも糖分高めに頑張りましたよ!(←言い訳)
こんなでよければぜひ持ち帰ってやってください。
では、リクエストありがとうございましたっ!
2011.05.01 みう