※青砥が13歳になった夏の話


青く澄み渡る空をカーテンの隙間から覗いて、今日は出かけることに決めた。練習は休みだし、学校はとっくに夏休みに入っている。
小さなバッグに小銭入れと携帯電話を詰めて、部屋を出る。まだまだ静かな寮の廊下を歩いて、慎重に玄関のドアを開けて数段ある階段を下りた。
腕時計を見れば、時刻は午前九時を指している。この時間になると真夏の日本は既に蒸し暑かったな、と思い出しながら、胸一杯に爽やかな空気を吸い込んだ。




コーンフラワーブルーにのせて




近くのバルで朝食用にサンドウィッチをテイクアウトして、散歩がてら歩いて馴染みの公園に辿り着いた。赤茶のレンガの支柱が支える屋根の下のベンチに座って、目の前の噴水を見ながらポテトと卵が挟まれたパンを口に運ぶ。優しい味が口内に広がって、吐息が一つ唇から零れていった。
日本と違って快適な気温、レンガと石畳の街が周りを囲んでいる。湿度の高いグラウンドで泥と汗だらけになってボールを蹴った一年前の夏が、マドリッドの競技場でサッカーをしたあの夏が、とても昔のことのように感じられた。


サンドウィッチを全て食べ終えたと同時に、噴水から勢いよく水が飛び出す。その音に紛れて、甲高い電子音がバッグの中から響いた。
滅多にならないそれに慌てて通話ボタンを押して、耳にあてる。

「Hola!」

聞こえて来たのは、懐かしい声。今でも一カ月に一回は律義に電話してくれる友人の声だった。

「タギー?」

口元に笑みが浮かんだのが自分でも分かる。相手が誰かなど分かっているのに疑問符が付いてしまうのは、最早癖のようなものだった。

「青砥、おはよう。元気にしてるか?」

他愛ない会話が続く。夏休みの宿題が出たとか、お母さんが新しく挑戦した料理が美味しかったとか。タギーの声を聞いていたいから、俺はいつも小さく相槌を打つだけで電波の向こう側にいる彼に続きを促すのだ。

「それでさ、青砥。皆で旅行することにしたんだ」

「え?」

意識を逸らした僅かな間に、話題は思わぬ方向へと逸れていた。
“皆”っていうのは、プレデターの仲間のことだ。翔にエリカに玲華、虎太に竜持に凰壮、一人ひとりの顔が浮かんでくる。
そうか、皆でどこかに遊びに行くのか、って思うと少しだけ悲しくなった。仕方ないっていうのは分かってる。だって俺は今、日本から遠く離れた国にいるのだから。

(あれ、でも、虎太も)

俺と同じようにスペインにいるのじゃなかったっけ、と首を傾げるのと、俯いてスニーカーを見つめていた視界いっぱいに青いものが飛びこんで来たのは同時だった。

「え、」

「「「「「「「Feliz cumpleanos!」」」」」」」

異口同音の言葉の意味は、“誕生日おめでとう”だ。
慌てて顔を上げる俺の前には、青い花束を差し出すタギーと、にっこり笑う翔とエリカと玲華と三つ子がいる。虎太は、それ笑ってるの、って感じの顔なんだけど、そんなことが気にならないくらいびっくりして、嬉しい。誕生日のことなんてすっかり忘れていた。

「久しぶりだね、青砥くん!!」

「皆がゴン様に会いたかったんやで!」

「こっちに来ることになって一番喜んでたのは、エリカさんですけどね」

「同じ国にいるのに虎太と会ったりもしてねえんだろ?」

「青砥くん、元気そうでよかった」

「……お前と早く試合したい」

次から次へとかけられる言葉に頬が緩んでいくのを自覚する。
皆が言い終えるのを確認したタギーが一歩踏み出して、包装紙いっぱいの青の中に白とピンクがいくつか混じる花束を差し出した。どこかで見た記憶があるその花は、確か矢車菊という名前だった気がする。

「改めて、お誕生日おめでとう。そして、久しぶり」

また背の伸びたタギーが、お手本のように綺麗に目を細めて笑った。
オリーブグリーンの目をちゃんと見れるように顔を上げる。タギーだけじゃなくて、他の皆の顔も一通り見渡して、そして口を開いた。

「ありがとう」

タギーに負けないように自分が出来る範囲で最高の笑みを浮かべて、そして Gracias と同じ意味の言葉をもう一度呟く。
たくさんの矢車菊を包んでいる紙が小さく音を立てた後に残ったのは、どこまでも広がるスペインの青い空と、赤茶のレンガと、八人それぞれの笑顔だった。



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Happy Birthday!!


2012.08.02



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