抱きしめると、びくりと肩が揺れて僅かに眉が顰められる。
嫌なんかな、とショックを受けたのは最初だけで、最近では背筋を駆けのぼるぞくりとした感覚を自覚してしまい、あかん、って思った。
これは、ほんまにあかんって、幸村くん。



劣情はいかが




「白石サンと一緒にいるときの幸村部長って、いつもと変わりないっすか?」

練習が終わりユニフォームから普段着へと着替えていると、隣で既に着替え終えた切原くんにそう質問された。
訊かれている意味が分からず、シャツに腕を通しながら首をひねる。

「何が?」

「白石サンって、けっこう匂いしますよね」

え、そんなに汗臭かった?とショックを受ける俺を見て、切原くんが慌てて両手を振って否定した。

「毒草?ってか、薬草の匂いっす!」

「あぁ、金ちゃんにもよう言われるわ。白石は保健室みたいな匂いするんやなぁ、って」

「嫌がられないっすか、それ。幸村部長に」

「ん?何で?」

「あの人、薬の匂いとか苦手なんすよ」

眉間にすっごい皺を寄せて言う切原くんの言葉に、今までの幸村くんの反応を思い出して、すごく納得した。
あぁ、だから俺が抱きしめるとあんな表情するのか、って思った瞬間、またぞくりと背筋が震える。
――これは、ほんまあかんわ。





風呂から上がって、宛がわれた部屋へと急ぐ。弟の部屋に遊びに行く、と不二くんが言っていたのを思い出して、好都合だと思いつつ普段はかけないドアに鍵をかけた。
ガチャンという音に反応して、ベッドに腰かけて本を読んでいた幸村くんが顔を上げる。きょとんとした顔は普段より幼く見えた。

「白石?」

「幸村くん」

大股で近付いて、文庫本ごと幸村くんを抱きしめる。ひゅっ、と息を呑む音がした。

「ちょっと、白石、どうしたの」

慌てて両手を突っぱねる幸村くんのことなど構わずに、そのままベッドの上へと押し倒す。もちろん、彼が頭や背中を打たないように、その動作は慎重にだ。
ぎゅう、っと幾分力加減をして抱きしめながら幸村くんの顔を覗き込む。僅かに歪む眉に、固く結ばれる唇に、強張る体に、煽られる。

「なぁ、幸村くん。俺のこと好きやんなぁ?」

「……っ、好き、だけど」

「ほんなら、俺のにおいは?」

幸村くんの答えが好きでも嫌いでも、どちらでも構わない。
彼が、俺のにおいで、俺の前だけでこんな表情をするということに、優越感と一種の情欲を抱いているだけなのだから。

「……薬の匂いは、嫌い」

吸い込まれそうな、星を散らした夜空のような濃い藍色の瞳が潤む。頬はすでに朱で染まり、耳まで赤く色づいていた。

「嫌い、だけど、お前の匂いは、好きだよ」

そう言って、俺のシャツをぎゅっと握りしめてくるなんて、どこまで罪作りな子なんだろう。
嫌いな匂いも好きになってしまうなんて、いじらしい。可愛い。顔を歪めながらも俺に縋りついてくるところなんて、どうしようもなく愛おしい。

「ほんまに、幸村くんには敵わんなぁ」

抱きしめただけでそんな表情になるなら、裸で抱き合ってもっとすごいことしたらどんな風になるのか。そんなことが気になるし、火がついた加虐心やら何やらも収まってくれそうにもないけれど、それは合宿が終わるまで我慢することにする。
これほど己の自制心を褒めたいと思ったのは初めてだ。部屋のドアには鍵がかかっているけれど、いくら何でもこんな場所で幸村くんのハジメテを奪うのは気が引ける。
だから、せめてもの慰めにと今までよりも力を込めて幸村くんを抱きしめて、薬草とは全然違う花の匂いを堪能しようと目の前の首筋に鼻を寄せた。



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タイトルお借りしました:LUCY28


2012.07.27.


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