父は伊勢津藩の江戸詰めであり、母は異人だった。詳しい経緯は分からないが、事故で日本に辿り着いた異国の娘を父が気に入って妾にしたということらしい。最初は本妻としようとしたのだが、周りに反対されたのだと数年前に聞かされた。
妾といえども小奇麗な屋敷に母と妹がいて、頻繁には顔を出さないが物珍しい土産を持ってくる父がいて、今思い返せば幸せな生活だった。


自分が異質だと気づいたのは、剣術を習うようになってからだ。周りの奴らは烏羽色の瞳をしており、俺の露草色の瞳は母以外どこを見渡してもいなかった。化けものだと罵声を浴び、いくつかの道場を転々とし、ようやく理解してくれる人を得たときには、意図して伸ばした前髪で異端である自分の瞳が少しでも目立たぬようにするのが癖になっていた。



青嵐と鴨頭草(つきくさ)




俺の数少ない理解者であり兄のような存在でもある山南さんが、北辰一刀流の道場に姿を見せなくなって久しい。人の好い山南さんのことだ、何かの事件に巻き込まれたのではないかとやきもきしていると、牛込柳町にある試衛館という道場に出入りしているという噂を耳にした。名前も聞いたこともない剣術道場に入り浸っているなど、騙されているに違いない。すぐに決めつけるのは君の悪いところだ、と山南さんに常々注意されることも忘れ、俺は兄弟子を奪還するために柳町へと足を向けた。



辿り着いた試衛館にはお世辞にも立派とは言えない門があり、覗いてみると自分よりいくつか下であろう少年が落ち葉を掃いている。道場からは掛け声や竹刀で打ち合う音はおろか、人の足音すら聞こえてこない。あまりにも静かすぎて、山南さんを連れ戻すという意気込みが萎んでいく。頭を冷やして後日また訪ねようと踵を返した時、後ろから声がかけられた。

「何か御用ですか?」

耳に心地よい、清かな声である。振り向くと、先ほどまで箒を握っていた少年が後ろに立っていた。

「今は若先生はおられませんけど、」

老先生なら、と続けられようとした言葉を遮り

「こちらに、山南敬助という御仁はおられるでしょうか?」

と尋ねる。すると、少年は笑顔になり頷いた。どうやら山南さんはここにいるらしい。
無駄足にならずによかったと安堵し、ついて来てくださいという少年の後に従い数歩進んだ時だった。母屋の手前で突然足を止めた少年は、勢いよく振りかえる。

「もしかして、“平助”?」

「は?」

自分の名前をいきなり呼ばれ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているだろう俺に向かって少年は手を伸ばした。長く垂れていた前髪は持ちあげられ、少年に目を覗きこまれる。急な出来事に思考が追い付かずただ茫然としていた俺は、次に降ってくるであろう罵倒に身構えることしかできない。

「わぁ、ほんとうに皐月の空みたい」

一陣の風が二人の脇を通り抜けていく。予想外の言葉に目を見開いた俺を見て、少年は柔らかく微笑えんだ。

「私は皐月の空が一等好きだなぁ」





「よく来たね、平助」

通された部屋に案内されると、山南さんが迎えてくれた。

「あまりにも居心地がよくてね、君に話さなくてはと思ってはいたんだが」

ばつが悪いという風に笑いながら、座るよう勧めてくれる山南さんに尋ねる。

「ここに案内してくれた子は?」

「あぁ、宗次郎だよ。幼く見えるが君と同じ年だ」

それからの山南さんの話によると、自分より年少だと思っていた少年は沖田宗次郎といい、俺と同年であるらしい。また、若くして免許皆伝に届きそうなほどの腕前であるとか。
宗次郎と一服しながらお喋りするのが日課となっていた山南さんは、弟のように可愛がっていた俺の話をよくしていたという。そんな彼には、山南を訪ねてきた同年代の若者の名前を当てることなど容易かったのだろう。

「お茶を入れてくるよ」

部屋を出る山南さんを見遣った後、俺はそっと目を瞑る。皐月の空が好き、と言った彼の言葉を思い出すと、手の当てられていた額にまだ温もりが残っているような錯覚を覚えた。




2011.09.18.




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