※大学生。竜持視点。 |
小さく開かれた口へと、木の匙で掬われた餡子が運ばれる。碧の瞳が僅かに細まって、長い睫毛の影が頬に落ちた。控えめに、薄い唇が弧を描く。 宝箱へと仕舞って誰にも手の届かない場所へ隠してしまいたいほど、愛らしい表情だった。 ラピスラズリは夜へ還る 授業が休講になってたまたま立ち寄った図書館に、日本にいるはずのない友人を見つけたのは一時間程前のことだ。地味な色に支配された本棚が並ぶ空間で、その金色は尚も輝いて目を引き付ける。 青砥くん、と声をかけると少しだけ罰の悪そうな顔がこちらを向いた。水面のような青色が揺らいで、視線は僕の胸の辺りで止まってしまう。 その分かりやすい反応に、小さく笑ってしまったことは申し訳ないと思う。虎太くんと喧嘩でもして、勢いのまま日本まで帰ってきたってところですかね。 喧嘩の理由を追求するなんて悪趣味は僕には無いので、久々に再開した友人をお茶に誘うことにした。それに、青砥くんの綺麗な顔を独り占めできる機会は滅多にないのだから、たまにはこういうことがあってもいいだろう。 青砥くんのリクエストに応えて入ったカフェ風の甘味処には、女性客が数人いるだけだった。案内された店の奥のテーブルには、桜花の小さな水中花が飾られている。 注文した甘味はそう時間をかけずに運ばれて来て、青砥くんの前にあんみつ、僕の前にはわらび餅が置かれる。ごゆっくりどうぞ、と去って行く店員を見送った後、短く切り揃えられた爪が目立つ指を合わせた青砥くんは、いただきます、と呟いた。 木の匙で丁寧に切り取られたあんみつの一角は、こちらがもどかしくなるほどゆっくりと口に運ばれる。ぱくり、と擬音を付けたくなるようにそれを口に含んだ青砥くんの目が細まった。 「餡子、好きなんですか?」 今までどこか強張っていた顔が少しだけ緩んだものだから、そんなに餡子が好きなのか、と思い尋ねてみる。 「スペインじゃ、食べれないから」 久しぶりに食べたかった、と次は白玉を匙で掬いながら、彼はぼくの問いに答えた。 すっかり自分が頼んだわらび餅は食べ終えてしまって、後は青砥くんが食べ終わるのを待つだけである。小さな口を一生懸命動かして食べる様子は、まるで小動物のようだ。 「虎太くんは元気ですか?」 一瞬、咀嚼していた動きが止まって、青砥くんの目が泳ぐ。喧嘩の理由を訊くほど悪趣味じゃないつもりだったけど、青砥くんを見ているとちょっとした意地悪をしたくなる誘惑に駆られた。 「……元気、だと思う」 「そうですか。ああ見えて虎太くん寂しがり屋なんですよ。まぁ、きみが一緒にいてくれるから、心配ないですけどね」 にっこり笑って言うと、青砥くんはぎこちなく頷いてみせた。光色の髪が揺れて、ラピスラズリのような瞳に少しの罪悪感が混ざる。 気に入っていた金髪も碧い目も、いつの間にか兄のものになっていて昔はちょっとだけ悔しくも思ったけれど、今はもうそんな気持ちは無くなってしまった。だから、素直には謝れないであろう虎太くんのために、青砥くんの心をほんの少しだけ揺さぶっておいたのだ。 「付き合ってくれてありがとうございます」 会計を済ませて出た店の前で、別れの言葉を告げる。僕はこれから大学に戻らなければならないし、青砥くんは他に用事があるらしい。 「竜持も、ありがとう」 しっかりと僕の目を見て言われたお礼に微笑みを返して、手を振った。どんよりと曇った空の下、風に揺られた金髪だけがただ眩しかった。 2012.07.12. |