お互いの最寄り駅から約1時間電車に揺られたところにある駅で落ち合うのは、今日で三回目になる。会うのは決まって土曜日、共に学校で課外授業を受けてからだった。



ブルーメロウ




時刻は午後三時を過ぎたばかり。テイクアウトのできる個人経営の喫茶店で購入したドリンクを二つ持ち、幸村の待つベンチへと向かう。
駅にほど近い海を臨む公園には意外にも人は少なく、ベンチに腰掛けた薄い色のカーディガンの後ろ姿に秋も半ばの日差しが降り注いでいた。

「待たせたな」

そう声をかけて右手に持っていたドリンクを差し出すと、

「俺の方こそ、わざわざ買いに行かせちゃって……。ありがとう」

僅かに眉を下げながら、幸村は両手で包みこむようにそれを受け取る。
ベンチに腰かけて、ストローに口を付けた。毎回アイスコーヒーを頼む俺とは対照的に、幸村は気分によって中身を変える。今日は、アイスココアの上にクリームが浮かんだ何とも甘ったるそうなものを選んでいた。


ドリンクカップの中身を減らす音、波の音、海鳥の鳴き声だけが耳に入ってくる。
付き合い始めてからというもの、こういう場面が増えたように思うのは気のせいではない。お互いに強豪校の部長であったため、身内贔屓が出てしまう部活の話はタブーとなった。プレースタイルの違うテニスに関しても同じだ。そうなると、共通の趣味があるわけでもなく話題が極端に減ってしまう。
以前はそんなことお構いなしに他愛もないことを喋っていた幸村は、付き合い始めた途端に色々と考えるようになってしまったのか口数が少なくなっている。

『精市は、恋愛に関して言えばテニスボールさえ触ったことのない子供に等しい。くれぐれも、優しくしてやってくれ』

と言ったのは、柳だった。付き合うことになった数時間後に、わざわざ電話がかかってきたのだ。過保護だな、と溜息と共に呟いた言葉も見事に拾われ、俺たちの大事な友人だからな、当たり前だろう、と返されたことは記憶に新しい。泣かせてくれるなよ、と最後に一方的に告げられた言葉に反論する間も無く、通話は切れた。



「この前、真田が……、」

両手でドリンクカップを弄りながら幸村が口を開いたことによって、静寂が破られる。
真田弦一郎。幸村の幼馴染であり俺の友人でもあるため、数少ない共通の話題にカウントされる人物であった。
思い出し笑いで肩を震わせながら、これまでが嘘のように幸村は饒舌になる。主語は全て“真田”だ。
喋ってくれることは喜ばしいが、話の内容が他の男のことだというのは少しばかり不快である。真田のことばかりよくもそんなに話せるものだ。

「幸村」

中身が半分ほど残っているドリンクカップをベンチの上に置き、名前を呼ぶ。綺麗に整った顔が、どうしたの、と言いたげにこちらを向いた。
両手を頬に添えて固定する。今までアイスコーヒーの入っていたカップを持っていた手は冷たかったのだろう、幸村がびくりと小さく震えた。

「てづ、……っ!」

名前を呼びかけた口を塞ぐ。眼鏡のフレーム越しに、大きく目が見開かれるのが見えた。
唇が完全に閉じられる前に、舌を侵入させた口内は生温くて甘い。歯列の裏、頬の内側の柔らかい部分、上顎を辿って、最後に逃げ惑っていた舌を捕まえて絡める。
ぎゅっ、と瞼がきつく閉じられたのを視界に入れた後、俺も目を閉じた。



「っ、は、ぁ、」

ココアの甘味とコーヒーの苦味が完全に混ざり合った後に唇を離すと、息が上手く出来なかったらしい幸村が潤んだ瞳でこちらを見た。中身の無くなっていたドリンクカップが、白い手の中で形を歪めている。

「デートのときは、真田の話は禁止だ」

そう告げる俺に、声を出すことさえ忘れたかのように幸村はこくりと頷いた。気の毒になるくらい真っ赤な顔をしているのが、テニスをしている時とは大違いで可笑しくなってしまう。
海風にあたるか、と訊けば、再び頷いた幸村の手を引いて、眼前に海が広がる柵まで移動した。
どこまでも青く続く海から吹く風に、隣に立つ幸村の青みを帯びた髪が揺れる。覗き込んだ顔の赤味は徐々に薄らいでいくのにも関わらず、長い睫毛に覆われた瞳はいつまでも潤んだままだった。




2012.07.08.

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