※現パロ
叔父でお医者様の伊作と高校生の喜八郎


体の弱かった僕は、しょっちゅう病院のお世話になっていた。
9つの秋、いつもより少し長い入院が終わる日。朝一番に迎えに来てくれるはずだった両親は太陽が西に沈む頃になっても現れず、母の弟であり僕の主治医でもある善法寺先生がどこか寂しげな顔で病室のドアを開け、両親が事故に遭ったと告げた。子供に気遣って言葉を選び知らされたのは、父さんと母さんがすでにこの世にはいないということ。現実味のない世界で、僕の肩に置かれた先生の手だけがただ温かかった。



愛、について



先生は怒らない。先生の好きな甘い卵焼きを塩辛くしてしまったときも、シャツにアイロンをかけようとして逆にしわくちゃになってしまったときも、優しい手で僕の頭を撫でてくれる。庭に掘った落とし穴に先生が見事に填まったときはさすがに怒られるかと思ったけど、彼はただ笑って余所では掘ってはいけないよと言ったのだった。

「僕って甘やかされてるのかなぁ」

そう言うと、目の前で弁当を食べていた滝夜叉丸がぱちりと一つ瞬いた。

「お前の叔父さんにか?」

「うん、そう。だって、全然怒らないんだよ」

僕の言葉に、幼馴染みであり数少ない友人でもある滝夜叉丸は、何も分からない子供を見るようなそんな大人びた顔をしてこう言った。

「馬鹿だな。それは“愛されている”と云うのだ」





それでも僕は、先生の怒った顔が見たかった。
どうしたら怒ってくれるのだろうと思い付くだけのことを考えながら、夕飯の準備を進める。とんとんとんと野菜を切る手は止めずに思考を遥か彼方へと飛ばしていたら、ピンポーンと思いの外大きい音で玄関のチャイムが鳴った。少しびっくりして右手に持つ包丁がずれる。ざくり。

(あ)

刃が吸い込まれた左指から、ぷくりと赤い血が盛り上がる。それほど痛くないのは、僕が痛みに鈍感だからかもしれない。
傷が浅いにも関わらず溢れ出す血を持て余してエプロンで拭うと、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へと急いだ。



がちゃり、とドアを開ければそこに立っていたのは先生で、眉を下げて笑いながらただいまと言った。鍵を忘れたらしい。

「ごめんね、料理の邪魔しちゃったかな?」

手伝うよ、と口を開いた先生は顔を強張らせる。彼の視線の先は、僕のエプロンと左指だった。

「どうしたの、それ」

今まで聞いたこともない低い声に、びくりと肩が揺れる。反射的に握り込んだ左手を見て、先生は眉間に皺を寄せると僕を抱え上げた。

「……っ、」

驚いて声も出せない僕をリビングに運びソファの上に下ろすと、先生はすぐに救急箱を持って来る。一般家庭のものよりも大きいそれには、彼が医者であるからこその簡単な処置器具なんかが入っているはずだ。
険しい顔をした先生が、握り込んだままだった僕の左手をゆっくりと解き、消毒する。いっそ大げさだとでも言いたくなるほど丁寧に処置され包帯を巻かれた指に、先生の眉間の皺が一つ消えた。

(もしかして、怒ってたのかな)

色んなことを失敗しても悪戯しても怒らなかった先生が、僕のこの小さな怪我で怒ったなんて。

「深くない傷で良かったよ。これなら跡にも残らないだろう」

目尻を下げてほっと息を吐く先生を見て、滝夜叉丸の言っていたことを思い出した。
――そうか、僕は“愛されている”のか。





ぱくり、と口に含んだご飯を飲み込んでから、目の前の滝夜叉丸に向かって口を開く。

「僕、先生に“愛されてた”」

唐突にそう告げたにも関わらず、滝夜叉丸はお手本のように綺麗に微笑って、

「そうだろうとも」

と言ったのだった。







2012.06.12

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