※多義視点。 |
「入って」 青砥に促されて、部屋へと足を踏み入れる。要所要所が青色で纏められたこの部屋は、決して色を主張し過ぎず目に優しい。ベッドの上に置かれたイルカやラッコのぬいぐるみも相まって、まるで海の中にいるみたいだった。 海に溺れる ぬいぐるみたちを脇に退けるとベッドの上に腰かけて、アイロンのかけられたアルビ・セレステのユニフォームを壁にかけている青砥に目を遣る。シャワーを浴びたばかりの金髪は、僅かに水分を含んでしっとりと纏まっていた。 桃山プレデターに加入して初めての試合を明日に控えている。今日も学校を終えてからひとしきり練習した後、一旦自宅に帰り着替えてから青砥の家を訪れた。 「青砥」 名前を呼ぶ。こちらを向いた青砥が、表情を変えることなく口を開いた。 「緊張する?」 ヘヴンリーでもいくらか試合は経験したのに、まだ緊張するのか、と訊いているのだ。 「なかなか慣れないんだ。緊張してる」 そう言って手を広げると、青砥が小さく頷いてこちらにやって来る。 青砥は、ベッドに腰かけているぼくの膝を跨ぐようにして、膝立ちになった。そうすると、いつもだいぶ下にある目線がほんのちょっとだけ上になる。 そして、ぼくの頬には小さな両手が添えられて、額に口付けが落とされる。 これは神聖な儀式だ。練習後、そのままここを訪れることもできたのに、わざわざ家に帰って身を清めてきたのもそのためだ。ぼくだけの天使にキスをもらうために。 青砥の口付けは、額に始まり、米神、瞼、頬、へと順に下りていく。 緊張してるなんて嘘だった。 父親の国のお呪いで、緊張をほぐすものがあるのだ、と青砥に告げたのがこの儀式の始まり。こんなくだらないぼくの嘘を、純粋な青砥は全く疑わなかった。 神聖な儀式だって思っているけれど、神様なんて信じてない。ぼくが信じているのは、青砥だけだ。 最後に、少しだけ瞳を揺らめかせた青砥が、長い睫毛を伏せる。ゆっくりと近付いた唇が、ぼくのそれに触れた。 そのまま離れようとした青砥の手を引いて、薄い青色のシーツの海に沈み込む。ぽすり、と小さく音をたてたベッドの上、胸の中に青砥を抱き込んだまま、目を閉じた。 2012.06.12 |