幼馴染で、性別の違いはあれど小さい頃からずっと仲が良かった。
家族と同様に大切な人で、何物にも代え難い友でもあった。



秋の田の 
穂のうへを照らす 
稲妻の




夏は夜の訪れが遅い。酉の刻を過ぎても未だ日の沈む様子の無い空に目を遣って、式部大丞(しきぶのたいじょう)の屋敷の門を潜り少し歩いたところで足を止めた。

「真田!」

「……幸村、」

高欄から身を乗り出すようにして俺の名を呼んだ幼馴染の格好に、眉間に皺を寄せる。いくら暑いからといって、小袖に袴姿はないだろう。せめて単くらいは羽織っていて欲しい。

「ちょうど良かった。夕顔が咲いたのを見に行こうとしてたんだ」

こちらに手を伸ばした幸村の動作に溜息を吐き、軽い身体を抱き上げた。膝裏と背中に手を添えてやれば、細い腕が安定を求めて俺の首に回る。

「幸村、少しは慎みを持たんか。垣間見られて妙な噂でもたったらどうする」

「式部大丞の娘は、ちんちくりんな髪ではしたない格好をしてるって?」

目当ての花が咲く場所に向かって歩を進めながら、話をする。癖のある長い髪を弄りながら、幸村はどこか愉快そうに笑った。





仕事を終え、宮中を辞そうとしたところで、知人に呼び止められる。

「頭中将(とうのちゅうじょう)殿は、式部大丞の娘と知り合いだとか?」

「ああ、そうだが」

訝しげに見遣ると、知人は何かを弁解するように胸の前で手を振った。そんなに睨まないでくれよ、と言われるが、急に意図の分からないことを訊かれたのだから仕方ないだろう。

「実はな、宮中で噂になってるんだよ」

「噂?」

「式部大丞の娘は、とても見目が良いらしいと。波打つ烏羽色の髪に真珠のように白く艶やかな肌、珊瑚色の唇は綻んで、花を愛でるその姿はまるで佐保姫のようだとか」

頭を抱えたくなった。しかと垣間見られているではないか。

「この噂を聞いて文を出す者が増えてるから、私もそれに便乗しようかと思って。実際に文を書く前に、噂が本当かどうか確かめに来たんだ」

あなたの反応を見る限り偽りではなさそうだ、と笑う知人に、引き攣った笑みを返す。式部大丞の邸の周りをうろつく輩が増えるのかと思い、何とも複雑な気分だ。

「このままの勢いだと、いずれ帝のお耳に入ることになるかもな」

言いたいことだけ言うと、知人は俺の肩を軽く叩いて去って行く。思いがけない話に、しばらく呆然とその場に立ちつくした。





足は自然と、先日訪れたばかりの式部大丞の邸へと向く。じわじわと纏わりつく暑さに考え事を纏める事も出来ず、流れる汗を無造作に拭った。

「どうしたの、真田が間を空けずに来るなんて」

珍しく御簾の向こう側にいた幸村が、驚いた声を出す。御簾を開けようとするのを止めさせ、その場に腰を下ろした。どんな顔をしていいのか分からないから、御簾越しで良かったと思う。

「今、文を交わしている男はいるのか」

想像以上に情けない声が出た。幸村が戸惑う気配が伝わってくる。

「真田、熱でもあるんじゃないか?」

今日のお前はおかしいよ、と呟く幸村に、そうだな、と短く返した。自分でも分かってはいるのだが、どうにも平静を保てない。

「何を言い出すのだと馬鹿にしても構わんから、聞いてくれ」

「真田……」

「俺は、お前のことを家族のように思っている。かけがえのない友人で、唯一無二の存在だ。幸村に、文を交わしている相手がいるのならばそれでいい。お前が選び、望んで決めるならばそれに越したことはない」

思った言葉がそのまま口から漏れ出して、何を言っているのか分からなくなる。これは俺のどうしようもない、みっともない我が儘だということだけが明らかだ。

「宮中で、お前のことが噂になっていた。いずれ、帝のお耳に入ることになるかもしれない。幸村の身分はそう高くない。入内するならば、更衣としてになるはずだ」

更衣など、帝のお目にかかることはそう多くないだろう。帝の御子を産めなければ、風当たりもきつくなる。清涼殿では、庭に出ることもままならないかもしれない。そのような窮屈な暮らしを、幸村にさせたくはない。
それに、大切な友と会えなくなることは辛い。彼女の、蕾が綻んで花が開くような笑顔を目にする機会が失われるのは、何にも増して辛かった。
分かっているのだ、これは子供じみた我が儘だと。俺が幸村を娶ればいいのかもしれないが、友人として長い時間を過ごしてきて、そういう気持ちは全くない。血の繋がった身内としか考えられないのだ。

「真田」

耳に心地の良い声で名を呼ばれる。御簾を持ち上げ、幸村がこちら側にやって来た。

「お前の言いたいことは分かったよ」

眉を下げて小さく笑った幸村が、膝を折って抱きついて来る。いつものように、はしたない、と嗜めることはできなかった。

「俺も真田のことは大切な幼馴染で、唯一無二の親友だと思ってる。お前が俺の夫になるなんて想像できないし、草花と触れ合えない生活なんてそれこそ死んでるも同然だ」

口に出さなかったことも全て見通されていた恥ずかしさに、顔が熱くなる。幸村は抱きついていた体を離して、俺の目を覗き込んだ。

「文を交わしてる殿方なんていないよ」

真田が紹介してくれるんだろう?、そう耳元で囁くと、幸村は悪戯っぽく微笑った。






「聞いたか、頭中将殿。式部大丞の娘が、左大弁(さだいべん)殿の正妻として迎えられたらしい」

そう話しかけてきたのは、ひと月前に幸村の噂話を持ち込んだ男である。
幸村と俺の友人である手塚が結婚に至るまでの時間は、通常では考えられないほど短かった。俺が急かした部分ももちろんあるのだが、当人たちの馬が合ったことも大きい。

「あの堅物の左大弁殿に先を越されるとは……」

結局、送った文に返事も来なかったのだと嘆く知人に肩を竦めて、仕事場へと向かって歩き出す。
降り注ぐ日の光に辟易しながら見上げた空は、どこまでも青く澄み渡っていた。



光のまにも 
我や忘るる



「幸村とはうまくやっているか?」

後ろ姿を見つけて呼び止めた手塚に、問いかける。

「ああ、俺にはもったいないほどの女人だ」

そうだろうとも、と俺が同意を示す前に、眉間の皺を一つ増やした手塚が言葉を続ける。

「ただ、話の半分が真田のことなのが気に食わない」

むすっとする手塚に、それはすまないと何故か俺が謝っていた。



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※和歌の訳
稲妻が光っている一瞬のあいだだって、私はあの人を忘れはしない。





2012.05.28.

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