弥生の五日。
広い神苑での話題は、今日誕生した白石家当主の甥のことばかり。

『葛の葉が憑いたそうだよ』

『あの気難しい葛の葉さまが…?』

『本家の血筋でないとはのう。数えるほどは生きられまい』

『産声もなかったそうだ。可哀想に…』

至るところに現れた“人”ではないものたちが、浮かれたように話す。


安倍清明の母である葛の葉は、いつからか清明の血を受け継ぐ白石家の者に憑くようになった。気に入った者がいればその人に憑き、気に入らねば何年も眠ったまま過ごす。今まで白石家を継ぐ者にしか憑いてこなかった彼女が、今回はそうでない者を選んだ。
現当主でもなく、昨年の春に生まれた当主の息子でもなく、里帰りしていた当主の妹が産んだ子に憑いたのだ。退屈していた“あやかし”共には、十分すぎるほどの話の種だった。


葛の葉に選ばれた赤子は、“精市”と名付けられる。
純白の産着を着て小さく細く呼吸を繰り返す精市の隣で、葛の葉は満足気にうっとりと目を細めた。









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