※研究者×特異体質 |
六年ぶりに幸村くんと再会した。俺は研究者であり、彼は俺にとって初めての研究対象者だった。 「久しぶりだね、よろしく」 そう言った幸村くんは、相変わらず綺麗な顔で微笑んだ。 My sweetest 「俺の身体、甘いんだよ」 これは、幸村くんが初めて俺のラボに足を踏み入れたときの言葉。 ここは特異体質の人間を研究する施設で、俺もそれを分かっていたはずだったけど、幸村くんの言葉がピンとこなくて首を傾げた。 「信じられない?じゃあ、ほら」 真っ直ぐに、俺に向かって差し出された彼の指は白い。整えられた爪は、薄いピンク色をしていた。 「確かめてみたら」 そう言う幸村くんに促されて、口を開く。口内に招き入れた指は、驚くほどに甘かった。 調べて見た結果、幸村くんの体液が甘いのだと分かった。血糖値は正常。どこにも異常はなく健康そのものだというのに、彼の身体から分泌される液体だけが甘い。 その甘さの原因は本来体液に含まれるはずのないフルクトースであることが判明した。 「フルクトースってさ、蜂蜜を構成する糖の一種なんだよ」 「そうなんだ」 幸村くんが相槌を打って、俺の身体は蜂蜜なのかな、とどこか楽しそうに微笑んだ。 彼を研究し始めて半年以上が経過したが、“何故フルクトースが含まれているのか”という肝心のことは未だに分からない。研究者として、そんなに簡単に結果が得られるはずがないことは知っていた。 研究施設はものすごく広い敷地に建てられていて、滅多に他人と会うことはない。ほんとに俺以外が働いてんのかなと不安になる空間で、幸村くんの訪問がだんだん楽しみになっていった。 元々、幸村くんに憧れてはいたのだ。小・中・高と同じ学校で、同じテニス部に所属していて、当たり障りのない友人としてそれなりに仲も良かった。大学が一緒じゃないって知ったときは、すごく残念に思ったことを覚えてる。 「久しぶり」 そう言いながらラボのドアを開けた幸村くんは、今やもう所定の場所となったベッドに腰掛けた。しっとりと僅かに水分を含んだ髪は肩の上で揺れ、薄い水色の検査着からは素足が覗いている。 ここの研究施設の決まりとして、研究対象者は施設に入るとすぐにシャワーを浴び身体を清潔にするよう求められる。指定の検査着も用意されていた。 「幸村くん、どっか行ってたの?」 幸村くんがここを訪れるのは久々だった。たった一カ月ほどがとてつもなく長く感じられた。曜日の感覚なんて、とっくに無くなってる。 「うん、真田とヨーロッパ行ってたんだ」 「真田……?」 「覚えてないかな?俺の幼馴染だよ。テニス部だったし、丸井とも交流あったと思うんだけど」 そう言いながら幸村くんが紙袋から取り出した箱には、馴染みのないアルファベットとチョコレートの絵が並んでいた。 「これ、お土産。大したものじゃないけど。丸井、甘いもの好きだったよね?」 「……うん、好きだよ」 小さく頷いて、お土産ではなくそれを差し出していた幸村くんの手を取って舐めた。 「ちょ、丸井……っ?」 驚いた幸村くんが落とした菓子箱が床に落ちて、軽い音を立てる。 口に含んだ指は以前と変わらず甘いままで、好きだなぁ、と思う。甘いのは元から好きだったけど、いつの間にか幸村くんまで好きになってたみたいだ。 爪と皮膚の間を舌でなぞって指を解放すると、目の前の彼は顔を真っ赤にしていた。 「丸井、どうしたの……?」 そう尋ねる幸村くんの肩に少しだけ体重をかけて、ベッドの上に押し倒す。抵抗が無いってことは嫌がられてるわけじゃないのか、と頭の片隅で考えた自分に苦笑しながら、検査着から覗く鎖骨に舌を這わせた。 幸村くんが甘いって知ってるのは、俺だけでいい。 「丸井……」 小さく呟いた幸村くんが、俺の背中に手を回す。ぎゅっと握られた白衣には、きっと皺が寄っている。 「……俺が甘いのって、もしかしたらお前に食べられたかったのかも」 耳元で囁かれた言葉に、今度は俺の顔が赤くなったのが分かった。 どこもかしこも甘いなんて、ほんとに幸村くんはずるい。 2012.04.01. |