真夏の雨がいつもより多く湿気を運んで来て、ひどく蒸し暑い日だった。
その暑さに参った総司が俺の膝に頭を預けてきてから四半刻程経っただろうか。団扇で風を送りながら汗ばんだ額を拭ってやると、険しかった表情が少し緩んだ気がした。


総司は暑さに弱い。それに加えて常に体温が高い総司には、俺の手が冷たくて心地よいらしい。
くっついてる方が暑いんじゃねえのか、と妙な顔をして、土方さんは出かけて行った。俺と総司を残して皆出払っていて、常とは打って変わった静けさに試衛館は包まれている。



御髪試合




小さく唸って数度瞬いた総司は、暑い、と呟いてゆっくり起き上がった。
そのとき背後の襖が開いて、斎藤が姿を見せる。朝のうちは用事があると言っていたが、それが終わったのでここまでやって来たのだろう。うなじで結んだ長い髪に雨滴を付けた斎藤が何事かを言う前に、隣の総司が口を開いた。

「一さん、勝負しよう!」

「総司……?」

急にそんなことを言うものだから、斎藤だけでなく俺も驚いてしまう。それを気にすることなく総司は立ち上がると、

「負けた方は髪を切ることにします!!」

と高らかに宣言した。
とうとう暑さが限界にきてしまったのか。きっと斎藤の長い髪が暑苦しいと、総司は思ったのだろう。それにしても、この友人は時々こちらが予想もしないようなことを言う。



必然的に審判をすることになった俺は、防具を付け向かい合う二人に対し、始め、と短く声を発した。最初に仕掛けたのは総司で、後はもうどこに打ち込みどう避けるか、という攻防戦だ。二人の力は拮抗していて、どちらが勝つかというのは俺にも分からない。


道場の中もそれなりに蒸し暑い。見ているだけの俺でさえそう感じるのだから、激しく動いている友人たちはかなり暑いのではないだろうか。特に、総司はさっきまでぐったりしていたのに、と心配したときだった。
床に落ちた水滴に足を取られたのか、総司が滑って体勢が崩れる。その隙を斎藤が見逃すはずもなく、大きく音を立てて竹刀が振り下ろされた。




「試合、やり直すか?」

そう訊く斎藤に、総司は首を横に振って否定を返した。正々堂々勝負して負けたのは私だから、と言うと、どこから取りだしたのか小刀を俺に渡してくる。

「平助、お願い」

頭の高い位置で結んであった髪を解く総司を見て、一つ息を吐いた。

「本当に切るの?」

「男に二言はないよ」

ここまできたら総司も引かないだろう。
とりあえず、場所を母屋の縁側に移して、総司を座らせる。その後ろに膝を付き、さらさらと指通りのいい髪を数回撫でる。もったいないな、と思いながらも、総司の指示通り首の後ろに小刀を添えた。
隣の斎藤が凝視してくるのを若干気にしながらも、できるだけおかしくならないようにと丁寧に長さを揃えていく。

「よし、できた」

最後に指で髪の毛を梳いてやると、総司も自分で頭を触って感触を確かめる。

「ありがと、平助!すっごく涼しい!!」

頭も随分軽くなったみたいで動きやすい、と喜んでくれるものだから、こちらとしても嬉しくなる。

「それにね、ほら、平助とお揃いだよ」

お揃いとは言えない髪型をしているけれど、髪を結んでない同士だ、と総司は言いたいのだろう。実際に、総司の髪は俺より優に数寸は長い。
満面の笑みを浮かべる総司に、似合ってるよ、と返す。隣の斎藤が、俺もお揃いにする、と言い出しそうな顔をしているのに笑いを堪えて、総司の頭を撫でてやるのだった。







2012.01.06.


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テーマ「人外ファンタジー」
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